犬は捨てた飼い主を恨むのか?1年後でも覚えている?研究で見る犬の記憶と愛着

犬を捨ててしまい、その犬が1年間どこかで生き延びた。
もし元の飼い主と再会したら、犬はどう反応するのだろうか。

「まだ覚えているのか」
「昔のように喜んで近づいてくるのか」
そして、もう一つ気になる。

犬は、自分を捨てた人間を恨むのだろうか。

人間なら「あのとき俺を捨てやがった」と何年も根に持つことがある。

だが犬の記憶や感情を、人間とまったく同じ仕組みで考えていいのだろうか。

犬の記憶、飼い主の声や匂いの認識、愛着、保護犬の研究から考えてみる。

元の飼い主との再会を前にした犬をイメージした挿絵

最初に――犬を「捨てる」こと自体は犯罪である

これは仮定の話として考える記事だが、現実の話として一つ確認しておきたい。

日本では、犬は動物愛護管理法上の「愛護動物」であり、飼っている犬を遺棄することは犯罪である。

環境省によれば、愛護動物を遺棄した場合、1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金の対象となる。

したがって、「飼えなくなったから山や公園に置いてくる」という選択肢はない。

ここから先は、すでにそうした出来事が起きてしまったと仮定して、犬側では何が起こり得るのかを考える。

1年後でも元飼い主を覚えているのか?

まず一番気になるところだ。

「犬は1年間離れていた元飼い主を覚えているのか」

これについて、「飼い主に捨てられた犬を1年後に再会させる」という実験が行われているわけではない。

したがって、

「1年後なら必ず覚えている」

と科学的に断言することはできない。

しかし、犬が特定の人間を識別する能力については、いくつもの研究がある。

犬は飼い主の「声」を聞き分けられる

2022年に発表された研究では、犬に飼い主と複数の知らない人の録音音声を聞かせる実験が行われた。

その結果、犬は知らない人の声よりも飼い主の声を選び分けることができた。

しかも犬は、単にその場にいる人の姿を見て判断しているわけではない。

声そのものに含まれる特徴を使って、人間を識別していると考えられる。

人間で言えば、電話に出た瞬間、

「あ、この声は母ちゃんだ」

と分かるようなものだろう。

さらに強烈なのが「匂い」の記憶

犬にとって人間以上に重要なのが嗅覚である。

犬12頭を対象に、覚醒した状態でfMRIを使用した研究では、自分、知らない犬、知っている犬、知らない人、親しい人の匂いを嗅がせ、脳活動を比較している。

興味深いことに、報酬への期待などと関係する尾状核の活動が最も強かったのは、親しい人間の匂いだった。

しかも、その人本人はその場にいなかった。

匂いだけで反応している。

つまり犬にとって、長く一緒に暮らした人間は、

顔。

声。

匂い。

動き。

日常生活で積み重ねられた大量の情報。

こうした複数の手掛かりと結び付いている可能性がある。

「1年会わなければ、きれいさっぱりデータが消去される」ような単純な仕組みではなさそうだ。

犬にも「過去の出来事を覚える能力」はある

犬の記憶については、さらに面白い研究がある。

2016年の研究では、人間が行った行動を犬に見せ、その後、犬がその行動を予想外に再現するよう求められた。

犬は直前に見た人間の行動を思い出すことができた。

研究者らはこれを、犬にもエピソード記憶に似た「エピソード様記憶」がある証拠と考えている。

ただし、この実験で確認されたのは短い時間範囲の記憶であり、「1年前に捨てられた日の出来事を人間のように回想している」と証明したものではない。

ここは分けて考える必要がある。

では犬は「捨てられたこと」を恨むのか

ここからが本題。

犬が元飼い主を覚えていたとしても、

「覚えている」=「恨んでいる」

ではない。

人間の恨みには、かなり複雑な物語が含まれている。

「あの人が俺を裏切った」

「あのとき自分はひどい目に遭った」

「だから今でも許せない」

過去の出来事と現在の自分を結び付け、相手の意図まで推測し、それを長期間持ち続ける。

犬がこれと同じ形で、

「2025年の秋、あいつは意図的に俺を捨てた。絶対に許さん」

と考えていることを示す科学的証拠はない。

「犬は恨む」と人間と同じ意味で断定するのは、犬に人間の感情を投影しすぎている。

ただし「嫌な経験を覚えない」という意味ではない

ここを勘違いしてはいけない。

「人間と同じ恨みを証明できない」ことと、

「犬は嫌なことを全部忘れる」ことは、まったく違う。

動物は経験によって学習する。

怖い出来事と、特定の場所、音、人、状況などが結び付けば、それらを避けたり警戒したりすることがある。

たとえば車に乗せられ、知らない場所に降ろされ、その後ひとりになったとする。

そのとき強いストレスを経験した犬であれば、その後の似た状況に警戒する可能性は考えられる。

ただし、

「飼い主が自分を捨てたという道徳的意味まで理解して恨んでいる」

と、

「過去の経験によって特定の状況や人への警戒反応が強くなる」

は別物である。

人間に近づくべきか警戒している犬をイメージした挿絵

飼い主は犬にとって「安全基地」になる

もう一つ重要なのが、犬と飼い主の愛着である。

犬と人間の関係については、人間の乳幼児と養育者の愛着研究で使われる「安全基地」という考え方を応用した研究が行われている。

実験では、犬は知らない人がいる場合よりも飼い主がいるときの方が、新しい環境を探索したり、課題に取り組んだりしやすくなる。

つまり飼い主は、単なる「餌を出してくる人」ではない。

その人がいることで安心して行動できる特別な存在になり得る。

何年間も一緒に暮らしていた犬なら、その関係が一日で作られたものではないことも想像できる。

だから「捨てられた後」を単純化できない

元記事では、ここを「1年間の野良生活が犬を変える」と書いた。

方向性は間違っていないが、少し慎重に言い直した方がいい。

元家庭犬が丸1年間、野外で単独生活した場合の心理を直接追跡した研究はほとんどない。

したがって、

「野良になれば必ず人間不信になる」

「食べ物への執着が必ず強くなる」

などと一般化することはできない。

一方、保護施設へ収容された犬や、新しい家庭へ譲渡された犬については研究がある。

2024年の研究では、保護施設にいた犬では、譲渡後の犬に比べて毛中コルチゾールによる長期的ストレス指標が高かった。

また別の研究では、保護施設経験のある犬は、新しい環境や知らない人に対して、ずっと同じ家庭で暮らしてきた犬より慎重な行動を示す場合があった。

保護された犬が新しい環境を警戒しながら見つめるイメージ

つまり、大きな環境変化やストレス経験が、その後の行動に影響する可能性はある。

ただし、その影響は犬によって違う。

それでも犬は新しい人間と、もう一度強い関係を作れる

ここには明るい研究結果もある。

保護施設の成犬を調べた研究では、短時間人間と接触しただけでも、その人物に対する愛着行動が現れることが確認されている。

さらに、過去に保護施設で暮らした犬でも、新しい飼い主を「安全基地」とする強い関係を形成できる。

2021年の研究では、保護施設経験のある犬も現在の飼い主との愛着を形成していた。

研究者は、一度別の家庭や施設を経験したことが、その後新しい人間との強い絆を作れなくするわけではないと考えている。

これはかなり重要だ。

「一度捨てられた犬は一生人間を信じない」

というのも、実際の犬を人間のドラマに当てはめすぎている。

では1年後、元飼い主と再会したらどうなる?

ここまでの研究を合わせると、元飼い主を識別する可能性は十分考えられる。

ただし、実際の反応は予測できない。

尻尾を振って近づく犬もいるかもしれない。

しばらく離れた場所から観察する犬もいるかもしれない。

匂いを嗅いで確認するかもしれない。

緊張して距離を取る犬もいるかもしれない。

重要なのは、

「大喜びしなかった=忘れている」

でも、

「逃げた=捨てたことを恨んでいる」

でもないことだ。

行動だけから犬の頭の中に、人間と同じストーリーを作ってしまうのは危険である。

離れていた人間と犬が慎重に再会する様子を描いたイメージ

再会したら「昔みたいに抱きしめる」は待った方がいい

もし現実に長期間行方不明だった犬や、長く離れていた犬と再会した場合は、映画のようにいきなり抱きつくより、犬自身が近づいてくる時間を与えた方が安全である。

強いストレスや恐怖がある犬は、以前はしなかった防御的な行動を示すこともある。

距離を取り、静かに声をかけ、犬の反応を見る。

無理に触ろうとしない。

そして長期間屋外にいた犬なら、外傷、脱水、寄生虫、感染症など身体面の確認も必要になるため、まず獣医師に診てもらう方がいい。

元飼い主と、もう一度一緒に暮らせるのか

これも「必ず元通り」とは言えない。

しかし研究を見る限り、犬は環境が変わったあとでも、人間との新しい愛着関係を作る柔軟性を持っている。

だから過去に強い関係があった相手と再び関係を築ける可能性も否定できない。

ただし、意図的に一度遺棄した人間が再び飼うことが、犬にとって本当に最善なのかは別問題である。

「犬が覚えていたから元飼い主へ返す」で自動的に正解になるわけではない。

現在の飼育環境、犬の行動、健康状態、再び適切に終生飼養できるのかまで含めて考える必要がある。

犬は「恨む」のではなく、経験から相手を判断しているのかもしれない

結局、「犬は捨てた飼い主を恨むのか?」という疑問には、

人間と同じ意味での「恨み」があるとは、現在の研究からは言えない。

というのが一番正確な答えになる。

しかし、それでは少し味気ない。

犬は昔の人間を識別できる。

親しい人の匂いや声を特別な情報として扱う。

特定の人との愛着を形成する。

経験から危険を学ぶ。

そして環境が変わったあとでも、また人間と新しい関係を作ることができる。

そう考えると、再会した犬の頭の中で起きていることは、単純な
「好き」
「嫌い」
「恨んでいる」
の三択ではないのだろう。

昔知っていた匂いと声。その人と過ごした経験。そして今、目の前にいる相手が安全なのか。

犬は人間のように過去の裏切りを文章にして反省会をしているわけではない。

それでも過去が完全に消えているわけでもない。

人間が「恨み」という一言を貼るより、犬の記憶はもう少し動物らしく、そして複雑なのかもしれない。

【編集者が思うこと】

最初は私も、「何年も可愛がった犬なら、捨てても再会すれば喜んで戻ってくるのでは?」と単純に考えていた。でも調べると、犬は飼い主の声も匂いもかなり細かく識別している。それでいて、人間のような「裏切られたから一生恨む」という物語を持っている証拠はない。ここが面白い。忘れていない。でも、人間と同じように恨んでいるとも言えない。犬を理解しようとしているつもりで、結局こちらが人間の感情を犬に着せているだけなのかもしれない。

参考資料

  • Animal Cognition「The acoustic bases of human voice identity processing in dogs」(2022)
  • Behavioural Processes「Scent of the familiar: an fMRI study of canine brain responses to familiar and unfamiliar human and dog odors」
  • Current Biology「Recall of Others’ Actions after Incidental Encoding Reveals Episodic-like Memory in Dogs」
  • PLOS ONE「The Importance of the Secure Base Effect for Domestic Dogs」
  • PLOS ONE「Secure base effect in former shelter dogs and other family dogs」
  • Journal of Comparative Psychology「Attachment behavior of adult dogs living at rescue centers: forming new bonds」
  • Frontiers in Animal Science「Behavior, long-term stress and relationship to owner in relinquished dogs」(2024)
  • 環境省「虐待や遺棄の禁止」

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