犬を捨ててしまい、その犬が野良として1年間生き延びた。もし元の飼い主と再会したら、犬はどう反応するのだろうか。
「覚えているのか」「喜んで戻ってくるのか」。そしてもう一つ気になるのが、犬は自分を捨てた人間を恨むのかという問題である。

1年後でも飼い主を覚えている可能性は十分にある
犬は人間を顔だけで識別しているわけではない。匂い、声、動き、生活習慣など、複数の情報を組み合わせて相手を認識している。
犬が飼い主の声を他人の声と区別できることは実験でも確認されている。また、親しい人間の匂いに対して、犬の脳が特別な反応を示すことを調べた研究もある。
つまり、何年間も一緒に暮らした飼い主であれば、1年間会わなかっただけで完全に忘れてしまうとは考えにくい。
名前を呼ぶ声、体臭、歩き方、手の動き。人間には気にならないような特徴まで、犬にとっては「この人を知っている」と判断する材料になり得る。
ただし「覚えている」と「喜ぶ」は別
ここで重要なのは、記憶が残っていることと、再会を喜ぶことは同じではないという点である。
犬が人間のように、「去年この人に捨てられた。絶対に許さない」と出来事を言葉で整理して考えているとは考えにくい。
その意味では、人間が使う「恨み」という感情を、そのまま犬に当てはめるのは少し違う。
しかし、嫌な経験と人物や場所を結びつけて覚えることは十分にあり得る。
たとえば車に乗せられ、知らない場所で降ろされ、そのまま置き去りにされたとする。そのとき強い恐怖や不安を経験していれば、車、場所、あるいは飼い主との接触そのものが不安と結びついている可能性はある。
これは「恨んでいる」というより、「この相手をもう一度信用していいのか」と警戒している状態に近い。

1年間の野良生活が犬を変える
さらに大きいのが、その後の1年間である。
家庭犬だったころは、人間から食事を与えられ、家の中で眠り、危険があれば飼い主が守ってくれる生活だった。
ところが野良になれば、自分で食べ物を探し、他の犬を避け、車を警戒し、ときには人間から追い払われながら生きることになる。
家庭犬として何年も暮らしてきた犬にとって、この変化はかなり大きい。
こうした経験を積み重ねれば、以前は人懐っこかった犬でも、人間との距離を取るようになる可能性がある。

つまり元飼い主と再会したとしても、犬の反応は単純ではない。
「知らない人だから逃げる」のではなく、「知っている人だ。でも近づいて大丈夫なのか」と迷う。
そんな状態になっていても不思議ではない。
再会直後に大喜びするとは限らない
そのため、映画やドラマのように、飼い主を見つけた瞬間に全速力で走ってきて飛びつくとは限らない。
遠くから見る。少し近づく。匂いを確認する。声を聞く。そしてまた距離を取る。
元飼い主の側から見れば、「忘れられたのか」と感じるかもしれない。
しかし実際には、犬の中で昔の記憶と現在の警戒心がぶつかっている可能性がある。
その後、匂いや声によって安全だと判断できれば、突然尻尾を振ったり、昔のような反応を見せることも考えられる。

もう一度、一緒に暮らせるのか
結論としては、再び一緒に暮らせる可能性は十分にある。
特に捨てられる以前に何年間も大切に飼われ、強い信頼関係ができていた犬なら、その関係が完全にゼロになっているとは考えにくい。
ただし、元の家へ連れて帰れば、その日のうちに昔通りの家庭犬へ戻るとは限らない。
野良生活で身についた警戒心、食べ物への執着、他犬や人間への反応、排泄習慣などが変化している可能性もある。
再び家庭生活に慣れるまで、時間が必要になる場合もあるだろう。
犬は「恨む」のではなく、信用できるかを見ている
犬が人間のように「捨てられた恨み」を何年間も抱え、復讐を考えていると見る根拠はない。
しかし、だからといって「犬は何も気にしない」という話でもない。
「この人を覚えている」
「この人とは昔、安心して暮らしていた」
「でも、もう一度信用して大丈夫なのか」
再会した犬の中では、そんな判断が起きている可能性がある。
この問題は、「犬は恨まないから大丈夫」でも、「一度捨てたら一生嫌われる」でもない。
むしろ1年後の再会とは、昔の記憶と、野良生活で身につけた警戒心のどちらを信じるかを、犬が確認している時間と考えた方が近いのかもしれない。
【編集者が思うこと】
感情的に「捨てられたら恨むだろう」と考えるのは、かなり人間寄りの見方なのかもしれない。動物には動物なりの記憶や警戒の仕方があって、同じ出来事でも人間とは違う受け止め方をする。そこを人間の感情だけで決めつけない方が面白い。
