昔の犯罪組織なら、警察が末端を捕まえ、そこから上へ上へとたどっていく――そんな刑事ドラマ的な構図がまだ想像しやすかった。
ところが2026年9月、警察庁が有識者検討会まで開いて対策を急いでいる「匿名・流動型犯罪グループ」、いわゆるトクリュウは少々勝手が違う。警察庁自身が、実行犯を検挙しても上位の指示役や次の標的を素早く特定することが難しく、別の実行犯が補充されて犯罪が続く、と問題点を整理している。
つまり今の警察が相手にしているのは、「犯人を捕まえれば事件が終わる犯罪」だけではない。ここが妙なのである。
昔のヤクザには「組織図」が見えた
昔ながらの暴力団をかなり単純化すれば、組長がいて、その下に幹部や構成員がいる階層型だった。事務所や組織名もあり、「どこの誰か」を追う手掛かりが比較的見えやすい。
一方、警察庁によるとトクリュウでは、収益を吸い上げる中核部分が匿名化され、メンバーは緩く結び付き、役割を細分化する。必要になればSNSなどで実行役を集め、末端を入れ替えながら犯罪を続ける。

会社にたとえるなら、昔が「社員名簿のある悪徳企業」なら、今は案件ごとに人間を集める犯罪プロジェクトに近い。もちろん実際の組織はもっと複雑だが、警察が苦労する理由はこの違いを見ると分かりやすい。
検挙人員6,679人――主犯・指示役は約1割
数字を見るとさらに妙だ。警察庁がまとめた2025年のトクリュウによるものとみられる主な資金獲得犯罪では、検挙人員は6,679人。詐欺3,075人、薬物事犯1,887人、窃盗1,020人などに及ぶ。
ところが、そのうち主犯・指示役の立場だった者は約1割。逆にいえば、検挙人員の大部分は少なくとも「主犯・指示役」ではない。さらに約3割はSNS上の犯罪実行者募集が加担のきっかけで、20代までの若年層が全体の約6割だった。
「末端を捕まえれば上が芋づる式に出てくる」という昭和型のイメージだけでは足りないことが、この数字からも見えてくる。

犯罪そのものが「分業ビジネス」になった
さらに警察庁資料には、実行役を集める者、犯罪に使う口座などを調達する者、資金移動を助ける者など、犯罪を支える専門的な役割の存在も記されている。暴力団や元構成員、風俗関係者、外国人犯罪組織などが状況に応じて結び付く例も確認されている。
ここで注意したいのは、「暴力団が消えてトクリュウに交代した」わけではないことだ。暴力団がトクリュウを利用したり、逆にトクリュウ側が暴力団の人脈や威力を利用したりするケースもある。
昔の組織犯罪が新品に置き換わったのではなく、古い犯罪組織の部品とインターネット時代の匿名ネットワークが合体している、と見たほうが近そうだ。
そして警察も「末端を捕まえるゲーム」から変わり始めた
犯罪側だけが進化しているわけではない。2025年10月には警察庁に「匿名・流動型犯罪グループ情報分析室」が設置され、警視庁には全国の捜査員による「匿流ターゲット取締りチーム(T3)」が新設された。
さらに都道府県をまたぐ特殊詐欺などには特殊詐欺連合捜査班(TAIT)が投入され、2025年には533件を検挙。捜査員が身分を秘して犯罪実行者募集へ接触する仮装身分捜査も始まっている。
そして2026年9月24日、有識者検討会は、切迫した重大犯罪の被害防止を目的として、司法審査など厳格な条件を設けたうえで犯人側端末から必要情報を取得する「遠隔解析」を早期に導入すべきだとする提言をまとめた。なお、2026年9月時点ではあくまで制度化に向けた提言段階であり、既に一般的な捜査制度として施行済みという話ではない。

7か月で2,108億円――これはもう小遣い稼ぎではない
背景には被害額の巨大化もある。2026年7月末までの特殊詐欺被害は2万6,051件、2,108.1億円。2026年からはSNS型投資詐欺やSNS型ロマンス詐欺も特殊詐欺に含めて集計されているため過去年との単純比較には注意が必要だが、それでも212日間で割れば、1日平均約9.9億円である。
この全額がトクリュウによる被害という意味ではない。しかし警察が特殊詐欺などへのトクリュウの深い関与を指摘していることを考えれば、「末端を何人捕まえたか」だけでは済まなくなった理由は分かる。
犯罪者側から見れば、嫌なのはここだ
警察庁が現在強調しているのは、中核人物の特定だけではない。犯罪収益を奪い、資金源を断ち、「違法なビジネスモデル」そのものを解体することである。
これは結構大きな変化だ。実行役一人を逮捕して一件落着ではなく、人、金、募集、組織間のつながりまで横に並べて解析する方向へ捜査が動いている。
犯罪者諸君には面白くない話だろうが、「自分は末端を使っているから安全」という発想そのものを警察が狙い始めている。トクリュウとは、新しい犯罪名ではない。警察と犯罪組織の追いかけっこのルールそのものを変えた犯罪モデルなのである。
【編集者が思うこと】
昔の刑事ドラマなら、下っ端を捕まえて「誰に頼まれた」と吐かせれば、その上へ行けた。ところが今は下っ端自身が上を知らない場合まである。そりゃ警察もやり方を変えるわな。俺が一番妙だと思ったのは、犯罪がハイテクになったことより、人間まで交換部品みたいになったことだ。そこが何とも今の時代らしくて気味が悪い。
