なぜ一人でアニメを作れるのか? インディーズ作家の「天才」を分解してみた

なぜ一人でアニメを作れるのか? インディーズ作家の「天才」を分解してみた

世の中には、とんでもない人間がいる。数分のアニメをほぼ一人で作るだけでも十分おかしいのに、長編映画まで作ってしまう人がいる。企画、絵コンテ、作画、3DCG、編集、音、場合によっては音楽まで。「この人、頭の中に制作会社が一軒入っているのか?」と思いたくなる。

天才に憧れる側からすると、どうしても「生まれつき何でも出来る人」と考えてしまう。ところが調べてみると、少し違った。彼らは商業アニメと同じ仕事を一人で全部やっているのではない。一人でも完成できるように、作品の作り方そのものを変えている。

3分に3年。これを「効率がいい」とは呼べない

玉川真吾が一人で制作した短編『PUPARIA』は約3分。そのために準備1年、制作2年、合計約3年を費やした。ラトビアのギンツ・ジルバロディスは、長編『Away』75分を約3年半かけてほぼ一人で制作。岩井澤健治の『音楽』は71分、制作期間約7年半、4万枚を超える手描きフレームである。こちらは岩井澤を中心に小規模な協力者も参加しているので、厳密な「完全一人制作」ではない。

これを完成映像の秒数で単純計算すると、『PUPARIA』は1日約0.16秒、『Away』は約3.5秒、『音楽』は約1.6秒となる。当然、実際の労働時間を示す数字ではない。それでも分かることがある。個人制作は、人件費を魔法のように消しているのではない。金の代わりに数年間という、とんでもなく高価なものを投入しているのである。


何年分ものカレンダーと制作資料に囲まれ、一人でアニメ制作を続けるクリエイターのイメージ

本当の秘密は「全部うまい」ことではない

『Away』のジルバロディスは面白いことをしている。主人公をバイクに乗せ、登場人物を少なくし、無人島を舞台にした。本人によれば、一人で作るため、最初から「アニメーションしやすいもの」を中心に物語を組み立てたのである。

さらに彼は後年、自分は手描きが得意ではないと感じて3Dへ移ったと語っている。普通なら「苦手だから練習して克服しよう」と考えそうだが、この人は違う。苦手を克服する前に、苦手でも映画を作れる方法へ移動した。

新海誠にも似た発想がある。初期の個人制作ではキャラクターを動かす作業が特に重いため、3DCG、空、雨、光、レンズフレアなどを使い、人物の芝居だけに頼らず物語を見せる方法を探したと本人が語っている。後に「新海作品らしさ」と呼ばれる映像表現の一部が、もともとは個人制作の制約から育ったわけだ。


3D、背景制作、実写参照など複数の方法を組み合わせてアニメを制作する個人クリエイターのイメージ

「独学の天才」にも、その前がある

岩井澤健治は実写映画制作を経験した後、アニメーションを独学した人物である。新海誠もゲーム会社で映像制作を経験していた。ジルバロディスも学校でMayaを学んでいる。だから「昨日まで何も知らなかった素人が、突然アニメ映画を作った」という話ではない。

ただし面白いのは、必要な能力を最初から全部そろえていたわけでもないことだ。作品を作る途中で不足した技術を覚え、別の方法を試し、ダメなら作り方そのものを変えている。つまり独学とは、教科書を最初から最後まで勉強することではなく、「これを完成させるには次に何を覚えればいい?」を何年も繰り返す行為でもある。

天才とは「100点を並べる人」ではなかった

個人制作者が、作画100点、音楽100点、編集100点、3DCG100点という怪物とは限らない。むしろ、自分が弱いところを道具や演出で逃がし、強いところへ作品を寄せる。商業作品なら何十人にも分業する仕事を、少ない工程へ圧縮する。

だから彼らの正体を一言で表すなら、絵の天才というより「完成させるための設計が異常にうまい人」ではないだろうか。しかも『Away』『音楽』『PUPARIA』はいずれも現在の生成AIブーム以前の作品である。PCや3DCG、デジタル編集によって「一人スタジオ化」はすでに始まっていた。


多人数で分業するアニメスタジオと、一人で複数工程を担う個人制作者を対比したイメージ

天才に憧れるなら、見る場所が少し違う

天才を見ると「自分には才能がない」で終わりがちだ。しかし今回の例を見る限り、真似できないのは画力だけではない。3分に3年かける。分からない技術をその都度覚える。無理なら作品のほうを変える。そして誰にも完成を保証されていないものを最後まで終わらせる。

一番恐ろしい才能は、「何でも出来ること」ではなく「出来ないことだらけの状態から、それでも完成品まで持っていくこと」なのかもしれない。

【編集者が思うこと】

世の中を見ていると、「なんでこんなことも考えないんだ」という人間も結構いる。その一方で、誰に頼まれたわけでもないアニメを3年、7年と作り続け、本当に完成させてしまう人間もいる。同じ人類なのが少々納得いかない。

俺も最初は「絵がものすごく上手い天才なんだろう」と思っていた。ところが調べてみると違った。絵が苦手なら3Dへ行く。人物を動かすのが大変なら空や雨を使う。予算がなければ時間を突っ込む。才能というより、目的地までの道が塞がれたら横の藪を刈ってでも進む人たちなのである。

天才になれるかどうかは知らない。ただ、「全部出来るようになってから始めよう」と言っている人より、とりあえず作り始めて足りないものを後から覚える人のほうが、数年後には妙な場所まで行っている。結局そこなんだよな。

参考資料

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