マーチに過給器2個!? 930cc・110馬力「スーパーターボ」はバブルの無駄だったのか

マーチに過給器2個!? 930cc・110馬力「スーパーターボ」はバブルの無駄だったのか

1989年1月17日、初代マーチに妙なクルマが加わった。排気量はわずか930cc。それなのにターボチャージャーだけでは飽き足らず、スーパーチャージャーまで積んでいる。

「マーチ スーパーターボ」である。最高出力110ps、車重770kg。昭和の空気を濃く残した小さなFF車としては、名前からして少々やりすぎだ。

バブル時代らしい「燃費なんか知るか、過給器を2個付けようぜ」というクルマだったのか。そう思って調べ始めたのだが、どうも話が違う。930ccという中途半端な排気量も、過給器が2種類あることも、かなり真面目な理由から決まっていた。

そもそも、なぜ987ccを930ccに減らした?

話は市販版スーパーターボより前にさかのぼる。1987年、NISMOは「マーチ・リトルダイナマイトカップ」向けに、987ccエンジンへスーパーチャージャーとターボを組み合わせ、110psを発生するマシンを用意した。

そして1988年8月、その考え方をラリー用競技ベース車として発展させた「マーチR」が登場する。ここで排気量が987ccから930ccへ縮小された。

普通なら速くしたいのだから、排気量は増やしたくなる。それをわざわざ57cc減らした理由が、当時のラリーのクラス分けだった。

当時の国内ラリーでは、過給エンジンの換算排気量に係数1.4が使われていたが、海外では1.7が使われ、国内も1.7へ移ることが見込まれていた。そこで987ccに1.7を掛けると、こうなる。

987cc × 1.7 = 1677.9cc

これでは狙っていた1600cc以下のクラスから外れてしまう。一方、930ccなら、

930cc × 1.7 = 1581cc

となり、1600ccの内側に収まる。つまり930ccは偶然でも税金対策でもない。競技規則から逆算すると出てくる数字だったのである。


K10型マーチのベーシック仕様とスポーツ仕様を対比したAIイメージ
AI生成による比較イメージです。ノーマル車とマーチR/スーパーターボの実車外観・装備を厳密に比較した画像ではありません。

排気量を減らして、76psを110psにする

ここから日産のやっていることが面白くなる。

当時のマーチターボは987ccのMA10ET型で76ps。それに対してMA09ERT型は930ccしかないのに110psを発生する。排気量は約5.8%減ったのに、最高出力は約45%増えた。

そのために使われたのが、2種類の過給器だった。

低中回転域では、エンジン回転から直接駆動できてレスポンスのいいルーツ式スーパーチャージャーを働かせる。そして約4000rpmから上ではスーパーチャージャーを切り離し、より高回転の仕事をターボチャージャーへ任せる。

「ターボを付けた。まだ足りないからスーパーチャージャーも付けた」という足し算ではない。小排気量ターボの弱い低回転域をスーパーチャージャーに担当させ、高回転側では大きめのターボを使えるようにする役割分担だった。


スーパーチャージャーとターボチャージャーを組み合わせたツインチャージャーの概念イメージ
AI生成によるツインチャージャーの概念イメージです。実際のMA09ERT型エンジンの機器配置、配管、吸気経路を正確に再現した図ではありません。

770kgに110ps。数字にすると結構おかしい

市販されたスーパーターボの車重は5速MTで770kg。110psだから、単純なパワーウエイトレシオは7.0kg/psになる。

しかもFFである。現代なら110psという数字だけを見ても驚かないが、パワーステアリングすら持たない770kgのK10マーチに110ps、5速MTにはビスカスLSDまで標準装備となれば話は別だ。

そして競技用マーチRは単なるスペック自慢でもなかった。1989年4月の全日本ラリー選手権「KANSAI-RALLY’89」クラスBでは、JAF公式リザルト上でマーチRが1位から3位までを占めている。

変なメカを作って満足したのではない。実際に勝つための仕組みだった。


1980年代末の国内ラリーを走るK10型マーチRをイメージしたAIイラスト
AI生成による1980年代末の国内ラリーのイメージです。特定の大会・出場車両を再現したものではなく、ゼッケン、カラーリング、補助灯などの細部はイメージです。

それを一般客に売ってしまうところが、あの時代だった

ここまでなら「ラリーで勝つための特殊車」で話は終わる。

ところが1989年1月、日産はMA09ERT型を積んだロードカー「マーチ スーパーターボ」を普通に発売した。当時のカタログデータでは、5速MT車の新車価格は115万3000円。マーチターボの5速MTが110万円だったので、差額はわずか5万3000円だった。

しかも競技車ではないので、3速AT仕様まで用意された。930cc、ツインチャージャー、110psのマーチをATで乗るという、何とも昭和の熱気を引きずった商品企画である。

では、本当に「エコなど無視」だったのか。5速MTのカタログ燃費は16.0km/L。マーチターボの18.0km/Lには劣るものの、無鉛レギュラー仕様でもあった。現在のWLTC値とは試験方法が異なるため直接比較はできないが、燃料を撒き散らすためだけのクルマというほど単純でもない。

バブルの狂気というより、「合理的な狂気」だった

スーパーターボが発売された1989年は、確かにバブル景気の真っただ中だった。ただし、ツインチャージャーという発想自体は1987年の競技車から始まっている。

NISMOの記録を見ると、当時の日産はブルーバードSSS-R、サニーVR、パルサーR1ツインカム、マーチRなど、国内ラリー向けの競技ベース車を次々と送り出していた。ラリー、ダートトライアル、ジムカーナをナンバー付き車両で楽しむ市場そのものが、今とは比べものにならないほど大きかった時代でもある。

だからマーチ スーパーターボを「バブルだから過給器を2個付けた珍車」と片付けると、本質を外す。

ラリーの規則から930ccを逆算し、その小さな排気量から性能を絞り出すために二つの過給器を使った。妙なのは技術ではなく、そんな競技由来のメカを115万円ほどのマーチとして普通の客に売ってしまったことなのだ。

【編集者が思うこと】

最初は俺も「いやあ、バブルだな。マーチにターボとスーパーチャージャー両方付けるなんて、エコなんか完全無視じゃん」と思っていた。

ところが930という数字を計算してみたら印象が変わった。987×1.7ではクラスを越える。でも930×1.7なら1581。ここまで露骨に競技規則から逆算された排気量だったとは思わなかった。

技術そのものはむしろ理屈が通っている。俺が「やっぱり昔だな」と思うのは、その先だ。ラリーで勝つために作った930ccツインチャージを、「じゃあ一般用も作ろう。ATも付けよう」と売ってしまう。今ではそこまでやる理由を会議で説明するだけで大変そうだ。

昭和末期から平成初期の日本車が面白かった理由は、燃費を無視していたからではない。「こんなもの誰が必要なんだ」と思う機械にも、メーカーが本気で理屈を付けて商品化していたからなのかもしれない。

参考資料

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