知人から、ちょっと強烈な話を聞いた。40代の主婦が大手飲料会社のパートに応募したところ、面接の前に簡単な計算問題を出され、そこで不合格。面接にすら進めなかったという。
これは知人から聞いた個別の体験談で、企業の標準的な選考制度を確認したものではない。ただ、そこで気になった。小学校レベルの計算がかなり苦手な40代、50代は、いったい何の仕事ならできるのだろう。「どこにも雇ってもらえない」と思ってしまいそうだが、調べてみると話はそれほど単純ではなかった。
日本にも「計算でつまずきやすい大人」は約1割いる
まず、「40代、50代の主婦には計算のできない人が多い」というデータは確認できなかった。ここは決めつけない方がいい。
むしろOECDの2023年成人スキル調査では、日本の16~65歳の数的思考力は平均291点で、参加国の中でも高水準だった。
それでも、数的思考力で「レベル1以下」に当たる成人は約10%いる。ただし、この10%全員が簡単な足し算もできないわけではない。レベル1では整数やお金を使った基本的な計算はできる一方、割合など複数の手順が必要な問題では苦戦する可能性がある。
つまり16~65歳の成人100人なら、およそ10人がこの層に入る。日本全体の成績が良いことと、仕事の計算でつまずきやすい大人が一定数いることは両立する。
AI生成によるイメージです。実在の応募者・企業・選考会場を再現したものではありません。
でも40代、50代女性の大半は、すでに働いている
ここでもイメージと数字が少し違う。総務省の2025年労働力調査では、女性の就業率は35~44歳で81.7%、45~54歳で82.0%、55~59歳でも71.6%だった。
2015年は、それぞれ71.2%、74.8%、57.9%だったので、10年間でかなり上がっている。40代を含む35~54歳では約8割、50代後半でも7割を超える。今や40代、50代女性は「家にいる人が多数派」という世代ではない。
だから、一社の計算テストに落ちたからといって「自分には働く能力がない」と考えるのは早い。その会社が最初に測った能力と、自分の得意不得意が合わなかった可能性もある。
狙い目は「算数を採用の中心にしない仕事」
厚生労働省の職業情報サイト「job tag」を見ると、ビル清掃は入職時に特別な学歴や資格を必要とせず、「主婦の再就職」も想定されている。対応する職業分類の統計では平均年齢は52.1歳だ。
また、job tagの「一般的な就業形態」に関する回答では、ビル清掃で「パートタイマー」が64.9%となっている。これは全就業者の構成比そのものではないが、パート勤務が一般的な働き方の一つであることは分かる。
ホテルの客室清掃も、中高年女性や主婦のパートが多い仕事とされ、同じ「一般的な就業形態」の回答ではパートタイマーが75.0%となっている。
だからといって「頭を使わない簡単な仕事」ではない。客室清掃なら1人で1日10室程度、1室15~20分ほどで仕上げる例が示されている。計算試験より、段取り、体力、几帳面さ、時間を守る力がものをいう。
人間の能力は、学校のテストの点だけではない。毎日遅刻せず来る、同じ作業を丁寧に続ける、教わった手順を守る。こういう能力を必要とする職場もある。
「倉庫なら誰でもできる」は少し危ない
一方で、よく勧められる倉庫・ピッキング・包装は万能な逃げ道ではない。ピッキングでは伝票や指示書に従って商品と数量をそろえ、個数確認や数量の記入、棚卸しなども行う。
製品包装も、ただ箱に入れるだけとは限らない。現在は機械化された工程も多く、機械の調整、重量の確認、日付印字、ラベル貼付、製品の点検などを行う場合がある。
つまり探すべきなのは「簡単そうな仕事」ではなく、自分が苦手な作業をあまり使わない求人である。応募前に「筆記試験はありますか」「レジや数量計算はありますか」と聞いてしまっていい。

ただし「計算できなくてもいいや」で終わらせるのは損
安心材料はある。しかし、ここで開き直るのも違う。
九九、2~3桁の足し算・引き算、お釣り、時計の計算くらいは練習しておいた方が、応募先の選択肢は広がりやすい。1日10分なら、30日続けても300分。たった5時間だ。
昔できた人なら、学校の算数を一から全部やり直す必要はない。「538+276」「1000-648」「9時40分から25分後」のような、仕事で出そうな問題だけ反復すればいい。
2026年8月の全国の有効求人倍率は1.18倍だった。これは職種ごとの差を無視した全国平均ではあるが、「仕事そのものが消えている」わけではない。
一社に落ちたら、能力ゼロなのではない。仕事選びと、足りない部分を少し直す。この両方をやる方が現実的だ。
何度受けても落ちるなら、無料で勉強する手もある
仕事探しが何度もうまくいかない場合は、ハローワークの求職者支援制度もある。条件を満たせば無料の職業訓練を受けられ、さらに要件を満たす人には月10万円の職業訓練受講手当がある。
給付金の条件を満たさなくても、無料の職業訓練を受けられる場合がある。パソコン、介護、販売、事務などのコースが用意されている。「今さら勉強なんて」と思う40代、50代ほど、実は使える制度である。
ちょっと分かりにくい用語
- 成人スキル調査(PIAAC)
- OECDが各国の成人を対象に、読解力、数的思考力、問題解決能力などを調べる国際調査。
- 有効求人倍率
- ハローワークの有効求人数を有効求職者数で割った数字。1倍を超えると、単純計算では求職者数より求人数の方が多い。
【編集者が思うこと】
最初にこの話を聞いたとき、俺も「簡単な計算で面接まで行けないなら、この人はいったいどこで働くんだ?」と思った。
でも調べると、そこまで絶望する話でもなかった。逆に、50歳前後の人が普通に多く働いている職種もちゃんとある。
ただ、「私は計算が苦手だから仕方ない」で何十年も放置するのも、ちょっと違うと思う。1日10分くらいはやろうよ、と。スマホを眺める10分を算数に回せば、1か月で5時間になる。
それにしても妙なのは、令和の世の中、レジや在庫管理もコンピューターに助けられる場面が増えたのに、仕事の入口では紙の計算問題で落とされることがあることだ。企業側にも理由はあるのだろうが、人間を測る物差しは、もう少し何本かあってもいいんじゃないかとは思う。
