フェアレディZはなぜ復活できた? Z33からRZ34まで「全部新しくしない」生き残り方

フェアレディZはなぜ復活できた? Z33からRZ34まで「全部新しくしない」生き残り方

2000年8月、Z32の生産終了でフェアレディZはいったん姿を消した。普通なら「売れなくなったスポーツカーが整理された」で話は終わる。ところが妙なのは、その前年の1999年にはすでにZのコンセプトカーがデトロイトショーへ出ていたことだ。

しかも当時の日産は、ルノーとの提携と日産リバイバルプランで会社そのものを立て直していた真っ最中。それなのに2002年、2人しか乗れないZ33を復活させる。そして20年後の現行Zは、完全新規を思わせる「Z35」ではなくRZ34を名乗った。フェアレディZは、なぜ全部を新しくしなくても生き残れるのか。

フェアレディZの歴史・全3回

初代S30がなぜ生まれ、アメリカで成功したのか。そこからZ31・Z32へと姿を変え、一度途絶えたZがZ33で復活し、現在へどうつながったのか。フェアレディZの変化と、残り続けた思想を全3回で追います。

会社を立て直している時に、なぜZを復活させたのか

日産リバイバルプランは1999年10月に発表された。工場や車種体系まで見直す大改革である。一方の日産は、Zについて世界的に知られたブランド資産として扱い、2001年のデトロイトショーで市販型につながるコンセプトを公開。2002年7月、約2年の空白を経てZ33型フェアレディZを発売した。

ここが面白い。経営再建なら、専用スポーツカーなど真っ先に切られそうなものだ。しかし日産にとってZは、単なる販売台数だけでは測れない「日産らしさ」を見せる看板でもあった。


Z32型フェアレディZと復活したZ33型を並べたAI生成イメージ
Z32型の終幕からZ33型での復活への世代交代を表現したAI生成イメージです。特定年式・グレードの純正仕様を完全再現したものではありません。

Z33は「全部載せ」をやめて帰ってきた

復活したZ33は、Z32の豪華版ではなかった。発売当初は3.5L自然吸気VQ35DEのみ、2シーターのみ。ツインターボも2by2もない。日産自身も、この割り切った構成が好評だったとしている。

しかもZ専用の機械を何から何まで新設したわけではない。Z33は日産のFR-L系の技術基盤を採用し、同時期のV35スカイライン/Infiniti G35にも同系統のFR・FMパッケージ思想が展開された。VQエンジンもZだけの専用品ではなかった。だからといって「安上がりな寄せ集め」と決めつけるのも違うが、使える量産技術を組み合わせて、本格スポーツカーへ仕立てるという方法は、初代Zにもどこか似ている。

数字も面白い。Z32ツインターボ2シーター5MTは280PS・1510kg。2002年のZ33 Version STも280PSだが、3.5L自然吸気で1450kgだった。単純な重量出力比なら約5.39kg/PSから約5.18kg/PSへ改善する。同じ280PSでも、中身はほとんど逆である。

そしてZ33は6年間で約25万台を生産。復活は単なる懐古企画ではなく、ちゃんと商売にもなった。

Z34は大きくするどころか、100mm縮めた

2008年登場のZ34は、見た目だけならZ33の正常進化に見える。ところがホイールベースは2650mmから2550mmへ100mm短縮。全長も4310mmから4250mmへ60mm短くなり、逆に全幅は1815mmから1845mmへ30mm広がった。

エンジンは3.7L自然吸気VQ37VHRで336PS。つまりZ33をそのまま太らせたのではなく、短く、広くして凝縮したのである。

ただし「Z34はZ33より軽量化した」と単純に書くのは危ない。アルミ製パネルなど各部で軽量化策は取られたが、完成車重量はグレードによってZ33より重いものもある。ここは昔のスポーツカー記事でありがちな「小さくなった=軽くなった」とは別の話だ。


Z33型とZ34型フェアレディZのプロポーションを比較したAI生成イメージ
Z33型とZ34型のプロポーションの違いを表現したAI生成比較イメージです。右のZ34には後年型の外装意匠が含まれており、2008年登場時の仕様を完全再現したものではありません。

そして現行型は「Z35」にならなかった

2022年8月、日本で発売された現行フェアレディZは7代目の新型として登場した。3.0L V6ツインターボのVR30DDTTは405PS、最大トルク475N・m。6MTと9ATを用意する。

歴代を並べると、Z32は3.0Lツインターボ280PS、Z33は3.5L自然吸気280PS、Z34は3.7L自然吸気336PS。そして現行型では再び3.0Lツインターボへ戻って405PS。第2回の「V6にしたのに直6を戻した」と同じで、Zはエンジン思想まで一直線には進まない。

さらに妙なのが型式だ。新世代なのにZ35ではなくRZ34。ホイールベースは先代Z34と同じ2550mmで、日産の開発担当者もシャシーの一部を先代から引き継いだことを明らかにしている。一方でタイヤ、ダンパー、電動パワーステアリングなどは大きく改良された。

ただし、「先代を流用したからRZ34と名付けた」と日産が公式に説明しているわけではない。ここは推測と事実を混ぜない方がいい。確実に言えるのは、現行Zが白紙からすべてを作り直す方法を選ばず、使える部分を残しながら性能を大きく更新したということだ。

50年後、Zが参考にするのは昔の自分になった

現行Zのデザインも面白い。日産によれば、基本シルエットは初代S30を意識し、ヘッドランプには240ZG、リアランプにはZ32など、歴代Zの要素を取り込んでいる。

第1回では、初代Zが欧州スポーツカーの世界を研究し、それを量販できる商品へ作り替えた話を追った。それから半世紀。今度はZ自身の歴史が、新しいZを作るための「元ネタ」になった。

さらに2026年8月の改良では、S30からZ32まで使われたフロントの「Z」エンブレムが約四半世紀ぶりに復活。NISMOには6MTまで加わった。昔の記号を単に飾るのではなく、現在の商品へ少しずつ戻している。


RZ34型フェアレディZとS30型、Z32型の系譜を表現したAI生成イメージ
2022年登場時のRZ34型と歴代フェアレディZのつながりを表現したAI生成イメージです。2026年8月改良型や、歴代車の具体的なデザイン引用箇所を精密に比較した図ではありません。

Zが残った理由は、「全部新しくすること」ではなかったのかもしれない

3部作を通してみると、フェアレディZは意外と一貫していない。直6を捨ててV6へ行き、また直6を戻し、再びV6へ一本化。ツインターボをやめて自然吸気へ行き、20年後にはまたツインターボへ戻った。

それでもZはZとして続いている。となると、Zらしさは特定のエンジンでも、馬力でも、完全専用設計でもないのだろう。

初代から変わらないものがあるとすれば、現実に作れて、現実に買える範囲で、格好いいFRスポーツGTを成立させることなのかもしれない。全部を新しくするより、使えるものを使い、必要なところへ金と技術を入れる。その現実的な作り方こそ、Zが半世紀以上生き残れた理由の一つに見える。

【編集者が思うこと】

俺は昔、「新型ならシャシーもエンジンも全部新しくしてこそ偉い」みたいに思っていた。でもZを初代から追うと、そんな潔癖なクルマではない。使えるエンジンを使うし、共用できる技術も使う。現行型に至っては新型なのにRZ34だ。

でも考えてみれば、初代240Zだって「採算度外視の孤高のスーパーカー」ではなく、アメリカで何十万台も売るための工業製品だった。そこへ戻ると、Zが全部を専用設計にしないことは、むしろ初代から続く性格なのかもしれない。

50年以上たって、昔は欧州GTを見ていたZが、今では自分の昔の姿を見ながら次のZを作っている。シリーズを最後まで調べて、俺にはそこが一番面白かった。

参考資料

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