1969年12月、三菱重工業から「コルトギャラン」が発売された。三菱自動車工業の設立は翌1970年4月22日。つまり、ギャランという車は、現在の三菱自動車工業という会社より約4か月早く誕生していた。
しかも、この車を調べると意外な話が出てくる。デザインにはイタリアの巨匠ジウジアーロが関わったものの、採用された基本案は三菱の社内デザイナーが描いたものだったという。
なぜ三菱重工は、会社を独立させる直前に、ここまで力を入れた新型セダンを送り出したのか。 その答えは、コルトからの進化、GTO・FTOへの展開、そしてラリーでの実績に隠れている。
コルト1500からギャランへ。車幅7cmの差が意味するもの
ギャラン以前、三菱の小型乗用車を支えていたのがコルトシリーズだった。1965年のコルト1500は、既存のコルトを拡大して1.5Lエンジンを搭載した車で、最高出力は70PS。しかし新型ギャランは、単にコルトの外観を変えたものではなかった。
三菱自動車の公式車史に掲載された代表モデルの寸法を比較してみる。
| 項目 | コルト1500 1965年 |
コルトギャラン 1969年 |
|---|---|---|
| 全長 | 3,975mm | 4,080mm |
| 全幅 | 1,490mm | 1,560mm |
| 全高 | 1,425mm | 1,385mm |
全長は105mm、約2.6%増。全幅は70mm、約4.7%増。一方、全高は40mm低くなっている。従来のコルトより長く、幅広く、低い。 数字からも、ギャランが新しい時代の乗用車を目指したことがうかがえる。
エンジンも大きな進歩だった。1.3Lの4G30型と1.5Lの4G31型には、三菱初のOHC機構を採用。戦前の航空機エンジンの命名にならい、「サターン(土星)」と名付けられた。
さらに、くさび形の「ダイナウェッジライン」、特許を取得した楕円曲面無反射メーター、疲労を抑えるダブルスプリングシートまで採用した。高速道路を長時間走ることを意識した、三菱の新世代セダンだったのである。

1965年のコルト1500(左)と1969年の初代コルトギャラン(右)。丸型4灯から角型2灯へとフロントマスクが変わり、車体も全長105mm、全幅70mm拡大した。画像は両車の特徴を表現した再現イラストで、厳密な同一縮尺ではない。
ジウジアーロの作品だと思ったら、実は社内案が勝っていた?
初代ギャランのデザインについては、ジョルジェット・ジウジアーロの関与がよく知られている。しかし、当時の開発を担当した三橋慎一氏の回想を読むと、話はもう少し複雑だ。
1968年1月、三菱社内案と、ジウジアーロ率いるイタルスタイリング側の案が比較審査された。三橋氏によれば、会議ではイタリア側の案を推す意見が大勢を占めたという。
ところが最終的に、久保常務が選んだ基本案は三菱社内のものだった。そこへイタリア側の優れた部分を取り入れ、量産デザインへ仕上げていったとされる。
つまり「ジウジアーロが関わった車」は事実だが、「ジウジアーロが単独でデザインした車」と説明するのは正確ではない。 これは開発担当者本人の回想によって確認できる重要な違いだ。
三菱は1969年、まだ三菱重工業の自動車部門だった。しかし、デザイン面でも他社と正面から競争する乗用車メーカーになろうとしていたのである。
GTOとFTOは兄弟車。それなのに全長が36cmも違う
1969年の東京モーターショーには、スポーティな試作車「コルトギャランGTX-1」が展示された。これが1970年11月発売のギャランGTOへ発展する。
GTOはロングノーズ、ダックテールを備えたヒップアップクーペ。12月に追加された高性能版MRには、三菱初の量産車用DOHCエンジンを搭載し、1.6Lで125PSを発揮した。
翌1971年11月には、さらに小型のギャランクーペFTOが登場する。ここで3車の寸法を比較すると、面白いことが分かる。
| 車種 | 全長 | 全幅 |
|---|---|---|
| 初代ギャラン | 4,080mm | 1,560mm |
| ギャランGTO | 4,125mm | 1,580mm |
| ギャランFTO | 3,765mm | 1,580mm |
FTOはGTOより360mmも短いのに、全幅は同じ1,580mm。小柄だが横幅は堂々としている。
開発に参加した山村真一氏の回想では、FTOは社内で「豆タンク」と呼ばれていたという。さらに驚くのは、FTOが1973年登場のランサーまでの市場の空白を埋める役割を担っていたという開発事情だ。
実際、FTOはギャランの部品を活用して開発期間を短縮。発売当初の1.4Lエンジンは、ギャランのOHCサターンとは異なるOHV方式のネプチューンだった。後の改良ではサターン系OHCエンジンに変更されている。
単なるGTOの縮小版ではない。大衆車市場を狙うため、既存技術を巧みに組み合わせたスポーツクーペだったのだ。

1969年の初代コルトギャラン(左)、1970年のギャランGTO(中央)、1971年のギャランクーペFTO(右)。GTOとFTOの全幅は1,580mmで共通するが、FTOの全長は360mm短い。画像は再現イラストで、縮尺やグリルなどの細部は実車と完全には一致しない。
1972年のラリーで初優勝。しかし翌年の「1〜4位独占車」には落とし穴があった
ギャランの実力は、海外ラリーでも証明された。1972年10月の第7回サザンクロスラリーで、アンドリュー・コーワンが運転するギャラン16L GSが総合優勝。ライバルは日産フェアレディ240Zだった。
オーストラリアの競技記録を確認すると、約3,200kmのラリーで、優勝したギャランのペナルティは90点、2位の240Zは114点。差は24点だった。三菱の公式解説では24分差の勝利とされている。
ところが1973年の記録には注意が必要だ。三菱公式のラリー史は、解説本文でサザンクロスラリーの1〜4位独占をランサー1600GSRによるものと説明している一方、同じページの戦績表では車種をギャラン16L GSと記載している。
現地の詳細な順位記録を調べると、1973年の1〜4位はすべてランサーGSRで、ギャランは7位に入賞していた。 別の三菱公式記事もランサーによる1〜4位独占と記しており、戦績表の車名は他の記録と整合しない。
なお、ギャラン16L GSは1973年のサファリラリーにも参戦している。この年から始まった世界ラリー選手権への三菱車初参戦だった。ただし、1972年のサザンクロス優勝をWRC優勝と混同してはいけない。

1972年サザンクロスラリーで総合優勝したギャラン16L GSと、翌1973年に1〜4位を独占したランサー1600GSR。異なる年の競技車を同じ場面に配置した再現イラストで、ゼッケンや車体装飾、走行風景は実際の大会記録を忠実に再現したものではない。
1973年、ランサー誕生でギャランは「上のクラス」へ
1973年2月にランサーが登場。そして同年6月、2代目ニューギャランが発売され、車名から「コルト」が外れた。
新型ギャランは全長4,200mm、全幅1,600mmに拡大。初代に対して全長120mm、全幅40mmの拡大である。エンジンも1.6L、1.85L、2.0Lへ大型化し、居住性や快適性を重視した。
ラリーの主役は小型のランサーへ。中型セダンとしての役割はギャランへ。さらにFTOの後継には1975年3月、ランサーセレステが登場する。
ここで三菱の乗用車体系が整理された。コルトから生まれたギャランが、ランサーと役割を分担する独立した車種になったのである。
【編集者が思うこと】
最初は、コルトギャランなんて昔のコルトを少し豪華にした程度の車だと思っていた。しかし調べてみると、OHCエンジンを新開発し、イタリアのデザイナーと競作までしていた。なかなか本気じゃないか。
個人的に引っかかったのはFTOだ。あの格好いいクーペが、実はランサー登場までの市場の穴を埋めるために急いで開発された車だったとは。しかも社内での呼び名が「豆タンク」。いかにも昭和の開発現場らしい。
そしてギャランがラリーで勝った翌年、その役割をランサーに譲っている。なぜ、せっかく勝てる車を育てながら、別の車へ主役を移したのか。三菱らしさは、案外こういう割り切りにあるのかもしれない。
次回は1976年に登場するギャランΣ。技術の集大成を意味する名前を与えられたセダンが、なぜ人気車となり、やがてFRからFFへ転換していったのかを追う。
ちょっと分かりにくい用語
- OHC(オーバーヘッドカムシャフト)
- エンジンのバルブを動かすカムシャフトをシリンダーヘッド側に配置する方式。従来のOHV方式に比べて、動弁機構を高回転化しやすい。カムシャフトが1本ならSOHC、2本ならDOHCと呼ぶ。
三菱ギャラン 7部作
1969年の初代コルトギャランから、ギャランΣ、WRCで活躍したVR-4、GDI技術、そして車名の消滅まで。三菱自動車を支えた名門セダンの歴史と技術、ランサーエボリューションや現在の4WD技術への継承を、全7回で検証します。
- 第1回: 三菱自動車より先にギャランがいた!? 初代コルトギャランとGTO・FTOの意外な関係【第1部】
- 第2回: 売れたギャランΣは、なぜFRを捨てた? 静粛性とFF革命の10年【第2部】 公開予定
- 第3回: 準備中 公開予定
- 第4回: 準備中 公開予定
- 第5回: 準備中 公開予定
- 第6回: 準備中 公開予定
- 完結編: 準備中 公開予定
参考資料
- 三菱自動車「車の歴史」――コルト1500、初代ギャラン、GTO、FTO、ニューギャランの公式車種史・主要寸法
- 三菱自動車「会社の歴史」――1970年の会社設立、サターン・ネプチューンエンジン、クライスラーとの提携
- 三橋慎一「コルト ギャラン(1969)」『三菱カーデザインの軌跡』――社内案とジウジアーロ案の競作、デザイン決定の回想
- 三橋慎一「コルトギャランGTO(1970)」『三菱カーデザインの軌跡』――GTX-1の開発、ダックテールと風洞試験
- 山村真一「ギャランクーペFTO(1971)」『三菱カーデザインの軌跡』――FTOの開発事情、部品共用、「豆タンク」の社内呼称
- Webモーターマガジン「三菱 ギャランGTO MR」――1970年12月発売、DOHCエンジンと125PSの仕様
- GAZOO「ギャラン・クーペFTO」――初期OHVエンジンから1973年のOHC化までの変遷
- 三菱自動車「世界ラリー選手権 1967〜1977年」――ギャランとランサーのラリー活動、戦績・競技車仕様
- Australian Rally History「1972 Southern Cross Rally」――1972年大会の順位とペナルティ記録
- Australian Rally History「1973 Southern Cross Rally」――1973年大会のランサー1〜4位、ギャラン7位の確認
- 三菱自動車「三菱自動車はなぜラリー競技に挑戦したのか」――当時のプレスリリースを含む1973年ランサー参戦の説明
