ビッグフットは「いる・いない」より先に、生物として成立するのか
北米の森林地帯で目撃される巨大な二足歩行生物、ビッグフット。1967年に撮影された有名なパターソン=ギムリン・フィルムをはじめ、写真、足跡、目撃証言は現在まで大量に存在する。
しかし、ビッグフットを検証する場合、映像が本物か偽物かだけを議論してもあまり意味がない。もっと単純な疑問がある。
大型哺乳類として何十年、あるいは何百年も北米に生息しているなら、なぜ死体が一頭も見つからないのか。

一頭だけ存在しているわけではない
仮に目撃されたビッグフットが本物だったとする。その場合、問題になるのが個体数である。
生物が長期間にわたり種を維持するには、オスとメスが存在し、繁殖を繰り返さなければならない。数頭だけでは近親交配が進み、長期間の存続は難しい。
つまりビッグフットが数百年間生存してきたのなら、山奥に一頭だけ潜んでいるのではなく、相当数の繁殖可能な集団が存在している必要がある。
そう考えると、「希少だから発見されない」という説明にも限界が出てくる。希少すぎれば種を維持できず、個体数が多ければ今度は人間に発見される可能性が高くなるからだ。

「死体を見ない」は反論になるのか
ビッグフット肯定派からよく出る反論が、「森で熊の死体だってほとんど見ない」というものだ。
これは完全な間違いではない。森林で動物が死亡すると、死体は腐敗し、昆虫や肉食動物に食べられ、骨も広範囲に散乱する。人間が完全な死体を発見できる期間は意外に短い。
ただし、それでも数十年間にわたり骨、歯、頭蓋骨、皮膚、組織のどれ一つとして科学的に確認されないとなると話は変わってくる。
しかも死因は老衰だけではない。山火事、洪水、落石、交通事故、狩猟事故などもある。数百頭規模の大型動物が北米に存在するなら、どこかで人間社会と接触する個体が出ても不思議ではない。
現代では「死体」すら必要なくなった
さらにビッグフット説を苦しくしているのがDNA解析の進歩である。
現在では毛、糞、唾液、皮膚片など、ごくわずかな組織から動物種を調べられる。さらに環境DNA技術では、水や土壌などに残された遺伝物質から、その場所に存在した動物を検出することも可能になっている。
これまで「ビッグフットの毛」とされた試料が科学的に解析された例もあるが、多くは熊、鹿、犬など既知の動物として判定されている。
写真はボケることがある。目撃者は見間違えることもある。しかしDNAは、かなり話が違う。

目撃者が全員ウソをついている必要はない
では大量に存在する目撃証言は何なのか。
ここで「全部ウソ」と決めつけるのも乱暴である。目撃者の多くは、本当に何か大きな生物を見た可能性がある。
北米には大型のクロクマが生息しており、熊は後脚で立ち上がることがある。薄暗い森林で数秒だけ巨大な黒い生物を見れば、人間のような二足歩行生物として認識してしまう可能性は十分にある。
そこへ木の影、距離感の誤認、記憶の補正、そして一部の悪戯や着ぐるみが加われば、膨大な「ビッグフット目撃情報」が形成されても不思議ではない。
最大の謎は、映像ではなく「痕跡の少なさ」
ビッグフットの存在を完全に否定することはできない。未知の動物が後になって正式に発見された例は実際に存在するからだ。
しかしビッグフットの場合、巨大な身体を持ち、北米という調査の進んだ地域に住み、さらに繁殖可能な集団を形成していると仮定しなければならない。
その条件を積み重ねるほど、「なぜ誰も死体を拾わないのか」「なぜ一本の歯も見つからないのか」「なぜ未知のDNAが出てこないのか」という問題が大きくなる。

生物として考えるとどうなるか
ビッグフット問題を映像の真偽ではなく生物学的に考えると、存在条件はかなり厳しい。
数頭しかいなければ種を維持できない。数百頭以上いれば死体やDNAが見つかる可能性が上がる。ところが現在まで決定的な物証は確認されていない。
つまり最大の謎は、「なぜビッグフットの写真はいつもボケているのか」ではない。
これほど長期間探されている巨大動物なのに、なぜ一本の歯すら科学の前に現れないのか。
ビッグフットが本当に存在するなら、その「隠れ方」こそが、ビッグフットそのもの以上のUMAなのかもしれない。
【編集者が思うこと】
大型ゴリラじゃねえの? それとも進化の途中でひっそり残った人間の親戚か。科学的にはかなり苦しい話なんだろうけど、全部「熊でした」で片付いたら、それはそれで寂しい。都市伝説なんて、少しくらい正体不明のまま残っていたほうが面白い。昭和の怪しいUMA本くらいの余白は残しておいてほしいね。
