「自分そっくりの人間、ドッペルゲンガーに会うと死ぬ」。昭和のオカルト本なら、この一文だけで見開き2ページは軽く作れそうな話である。
ところが2024年、韓国で妙なことが起きた。以前から「顔がそっくり」と言われていた女優ハン・ガインと、歌手・俳優キム・ドンジュンが初めて対面。ハン・ガインは会う前から「ドッペルゲンガーに会うと危険だと聞いて怖かった」という趣旨の話を口にしていた。ところが本人によれば、その日の夕方から本当に体調が悪化し、後に入院したのである。
怖いのは「入院したこと」ではない。会う前に本人が都市伝説を口にしていたことだ。 これでは怪談好きでなくても「え?」となる。では、本当に都市伝説が当たったのだろうか。そこを真面目に調べてみた。
まず「日本人と韓国人が2人とも入院」は確認できなかった
今回の取材のきっかけは、「日本人と韓国人のそっくりさんが会い、2日後に2人とも入院した」という話だった。しかし今回確認できた報道とは内容が違う。
2024年11月27日に公開されたハン・ガインの動画では、そっくりだと言われ続けてきたキム・ドンジュンとの初対面が紹介された。2人とも韓国人で、血縁関係はない。実際に顔を合わせると、本人たちも「鏡を見ているようだ」と驚いている。
そして12月5日に公開された入院中の動画で、ハン・ガインは「ドンジュンさんに会った日の夕方からかなり具合が悪くなった」と説明。立っていられず、食事も取れない状態になり、病院へ入ったという。入院したのは確認できる範囲ではハン・ガイン側だけだ。
AI生成によるイメージです。ハン・ガイン、キム・ドンジュン本人や実際の撮影場所を再現したものではありません。
しかも話は、わずか2年で少し変わっている
ここが今回いちばん面白い。
2024年の本人談は「会った日の夕方から」だった。ところが2026年8月31日、キム・ドンジュンがこの出来事をテレビ系YouTube番組で振り返った際には、「初めて会った翌日から具合が悪くなり、1週間ほど入院した」という説明になっている。
当日夕方が翌日になった程度なので、大筋は同じである。だが都市伝説というものは、こういう小さなズレを食って育つ。「その夜」が「翌日」になり、さらに「片方が入院」が「2人とも入院」に変われば、数回の伝言ゲームで立派な怪談の完成だ。
今回確認できた実話そのものが十分に奇妙なので、わざわざ話を盛る必要すらない。 そこが逆に怖いところである。
しかし「呪い」の横には、医学的な説明もあった
ではハン・ガインには、どんな医学的事情があったのか。
入院後、本人は起立性低血圧があったことを知ったと説明している。しかも突然始まった症状ではない。第二子出産後から約5年間、原因のはっきりしないめまいに悩み、以前の耳石症の後遺症だと思っていたという。
起立性低血圧は、座った状態や寝た状態から立った際に血圧が低下し、めまい、脱力、場合によっては失神などを起こすものだ。脱水や薬剤、自律神経系の問題など原因はさまざまである。
つまり現在確認できる材料からは、「ドッペルゲンガーに会ったから病気になった」と結びつける医学的根拠はない。 本人が約5年間悩んでいためまいについては、起立性低血圧という医学的な説明が示されており、少なくとも「原因不明の怪異」だけで説明する必要はない。
AI生成による解説イメージです。実際の診療画像や医学図を再現したものではありません。
そもそも、この2人は本来の意味のドッペルゲンガーなのか?
ここで話をひっくり返そう。
現在の「Doppelgänger」の語源となる語は、ドイツの作家ジャン・パウルが1796年の小説『Siebenkäs』で用いた「Doppeltgänger」にさかのぼるとされる。そこでの脚注では、ざっくり言えば「自分自身を見る人」という意味で説明されていた。
つまり昔のドッペルゲンガーは、現代のSNSでいう「街で見つけた自分そっくりの他人」と完全に同じではない。自分自身の分身、もう一人の自分が現れるという、もっと怪異寄りの存在なのである。関連するヨーロッパの「double」「fetch」「wraith」などには、分身を見ることを死の前兆とみなす伝承もある。
ただし、そこから「瓜二つの赤の他人同士が実際に会うと死ぬ」という現代的なルールまで、そのまま古典伝承に存在したと確認できるわけではない。
だからハン・ガインとキム・ドンジュンを厳密な意味で「伝承上のドッペルゲンガー」と呼ぶのは少々乱暴だ。顔が非常によく似た、血縁のない実在人物同士である。
血縁がなくても、そっくりな人間は本当にいる
では赤の他人が、なぜここまで似るのか。
2022年に学術誌『Cell Reports』へ掲載された研究では、顔認識アルゴリズムで選ばれた血縁関係のない「そっくりさん」を調査したところ、非常によく似たペアでは、顔貌に関連するものを含む遺伝的特徴に共通点が多く見つかった。
要するに、「血のつながりがないのに異様に似ている人間」自体は科学的にあり得る。 魔界からコピー人間が発送されているわけではない。
ちなみにハン・ガインとキム・ドンジュンは2025年、今度は本当に兄妹ではないかという検査企画まで実施。報道では23項目中19項目が不一致だった。単純計算で約82.6%だ。ただし、これは「82.6%他人」という意味ではない。検査項目の結果をパーセント化して血縁度を出せるわけではないので、そこはテレビ企画の数字遊びと分けて考えたい。
AI生成による研究イメージです。『Cell Reports』の研究参加者・実験施設・解析画面を再現したものではありません。
人間は「偶然」を見ると、理由を付けたくなる
今回の出来事を並べると、実に出来すぎている。
長年そっくりと言われる→初対面する→会う前に「危険かも」と話す→その日の夕方から体調悪化→入院。
これだけ揃えば、「何かある」と思うほうが人間らしい。心理学では、本来関係のない出来事同士にも因果関係を感じてしまう「因果の錯覚」が研究されている。一方で、奇妙な偶然を見たとき「未知の原因があるのでは」と疑うこと自体は、人間が原因を発見するための正常な思考でもある。
問題なのは、そこで調査を止めてしまうことだ。「会った直後に倒れた。だから呪いだ」。これでは昭和の怪奇雑誌なら合格でも、検証記事としては赤点である。
【編集者が思うこと】
調べる前は「またSNSで盛った怪談だろ」と思っていた。ところが、本人が会う前からドッペルゲンガーの話をしていて、本当にその日の夕方から具合を悪くしたところまでは事実だった。ここまで出来すぎると、俺だって少し気味が悪い。
でも同時に、5年間続いていた症状という医学的事情も出てくる。結局、面白いのは幽霊より人間の頭なのだと思う。俺が最初に聞いたのは「日本人と韓国人が出会って、2日後に2人とも入院」という話だった。同じ事件から変形した話なのかは今回確認できなかった。だが、実話の側ですでに「当日夕方」と「翌日」という小さなズレがある。誰かが少し盛り、次の誰かがまた少し盛れば、話は簡単に姿を変える。都市伝説とは、何もないところから生まれるとは限らない。本当の出来事に、少しずつ余計な部品が付いて完成する。そこなんだよな。
参考資料
- iMBC entertainment「한가인, ‘도플갱어’ 김동준 만났다 “거울 보는 느낌”」(2024年11月27日)
- iMBC entertainment「한가인 “도플갱어 김동준 만나고 병원 입원.. 아픈 이유 알았다”」(2024年12月5日)
- iMBC entertainment「김동준 “도플갱어끼리 마주치면…한가인과 만남 후 한가인 입원”」(2026年8月31日)
- 朝鮮Biz/OSEN「“잃어버린 동생” 한가인x김동준, DNA검사로 안 끝난다…」(2025年6月6日)
- Andrew J. Webber, The Doppelgänger: Double Visions in German Literature, Oxford University Press
- Femi Oyebode, “Autoscopy and Related Syndromes”, Cambridge University Press
- Joshi RS et al., “Look-alike humans identified by facial recognition algorithms show genetic similarities”, Cell Reports, 2022
- Mayo Clinic「Orthostatic hypotension (postural hypotension) – Symptoms & causes」
- Matute H et al., “Illusions of causality: how they bias our everyday thinking and how they could be reduced”, Frontiers in Psychology, 2015
- Johansen MK, Osman M, “Coincidence judgment in causal reasoning: How coincidental is this?”, Cognitive Psychology, 2020
