GT-FOURより高かったFFセリカ――320万円のアクティブサスはどこへ消えた?

GT-FOURより高かったFFセリカ――320万円のアクティブサスはどこへ消えた?

1989年9月に発表された5代目セリカには妙なモデルがあった。ターボでも4WDでもない。3S-GEを積むFFなのに、新車価格は320万円。225馬力のGT-FOURが268万5000円だったから、なんと51万5000円、約19%も高い。

その名は「アクティブスポーツ」。高価だった理由は、当時トヨタが「世界初」として発表したトヨタ・アクティブコントロールサスペンションである。

しかし、昭和からクルマを見てきた人間として気になるのはここからだ。あれだけ大掛かりなサスペンションは、その後どこへ消えたのか。 今のAVSにつながったのか。それともバブル期の技術実験で終わったのか。さらに記憶の片隅には「トキコがやっていた」という話まである。

ショックの硬さを変えるだけではなかった

現在の電子制御サスから連想すると少し誤解しやすい。セリカのシステムは、ダンパーの減衰力だけを切り替えるTEMSや現在のAVSとは仕組みが違う。

油圧ポンプとアキュムレーターから圧油を送り、4輪のハイドロニューマチック式サスペンションを個別制御する。車速、操舵角、車高、加速度などを検出し、油圧と油量を変えることでロール、ピッチ、ブレーキング時のダイブ、車高、さらに路面入力による振動まで制御した。

「硬くする」のではなく、外部からエネルギーを使って車体姿勢そのものを積極的に作る。 これが本来の意味でのアクティブサスペンションだった。


5代目セリカの油圧アクティブサスペンションを表現した構造イメージ
AI生成による構造イメージです。実車の油圧配管、アキュムレーターなどの個数・形状・配置を忠実に再現した図ではありません。

320万円はどれほど異常だったのか

当時の価格を並べると、このクルマの立ち位置がよく分かる。GT-R 4WSの5MTは197万円、GT-FOURは268万5000円。それに対してアクティブスポーツは320万円だった。

つまりGT-R 4WSに対して123万円高、約62%増し。しかもアクティブスポーツは同じ3S-GE・165馬力のFFである。エンジン性能に123万円払うクルマではない。ほとんど「足回りの研究成果を買う」ような商品だったと見るほうが分かりやすい。

後年のトヨタ公式車史では受注生産300台限定とされている。なお、1989年9月の発表資料には最初の300台に加えて1990年秋の第2次限定販売予定まで書かれている。ところが現在の公式車史では300台と整理されており、この第2次販売がどう扱われたのかは少々気になるところだ。

実験車ではない。その次にソアラがいた

「珍装備を300台だけ売って終了」でもなかった。

1991年の日本機械学会論文では、セリカ・アクティブスポーツ実車を使い、姿勢制御、乗り心地、操縦安定性、4WSとの協調制御についてシミュレーションと実験を行ったことが報告されている。そして1991年の3代目ソアラでは、さらに本格的なフルアクティブサスペンションへ進んだ。

SAEの1992年論文には、ソアラのアクティブサスペンションが1989年セリカのシステムをベースにしたことまで明記されている。ソアラではコイルスプリングを使わず、アクティブ4WS、TRC、ABSまで組み合わせて車両運動を統合制御した。


セリカのアクティブサスペンションからソアラのフルアクティブサスペンションへの発展を示すイメージ
AI生成による技術比較イメージです。左はコイルスプリングを併用したセリカ、右はコイルスプリングを使わないソアラのフルアクティブ方式を概念的に表現しています。車体外観や油圧部品・配管の形状と配置は実車を忠実に再現したものではありません。

では、なぜ消えた? 開発者側の答えは意外に単純

故障が多かった、バブル崩壊で消えた、整備が大変だった――そんな説明をしたくなる。しかし、それだけを原因として裏付ける一次資料は今回確認できなかった。

もっと強い資料がある。2010年、トヨタなどの技術者が発表した電動アクティブスタビライザーの論文では、1989年に登場した本格アクティブサスペンションについて、大きな質量とエネルギー消費のため、経済性が重視されるようになった1990年代後半には使われなくなったと説明している。

要するに、技術として動かなかったのではない。動くけれど、乗用車としてやるには重く、エネルギーまで食った。 豪快すぎたのである。

トキコもやっていた。でも「セリカ=トキコ製」は確認できない

トキコの記憶も完全な勘違いではない。トキコ株式会社は1989年に、車体姿勢を流体圧シリンダーで制御する「アクティブサスペンション」の特許を出願している。同じ時代にトキコもこの分野の技術を研究していたことは確認できる。

ただし、セリカそのものの開発論文や関連資料を見ると、トヨタ自動車、豊田中央研究所、アイシン精機などの関与が確認できる。今回調べた範囲では「セリカのアクティブサスはトキコが開発した」と裏付けられる一次資料は見つからなかった。

したがって、トキコが個別部品の供給に関与していなかったとまで断定はできないが、システム自体を「トキコ製」と呼ぶのは避けたほうがよさそうだ。

今のAVSになったのか? そこも少し違う

現在のトヨタ/レクサスのAVSは、路面や車両状態に応じてショックアブソーバーの減衰力を電子制御する。セリカのように油圧で車体を直接持ち上げたり押さえたりするシステムではない。

だから「セリカのアクティブサスが進化して現在のAVSになった」と一直線に結ぶのは無理がある。

一方で、技術思想まで消えたわけでもない。2005年にはレクサスGS430へ電動アクティブスタビライザーが登場し、ロール制御だけを電動で積極的に行う方式へ変わった。しかも、その開発論文にはセリカ時代と同じ武馬修一氏の名前がある。

さらに2026年、トヨタ技術者は電動モーターとトーションバーを使ったアクティブサスペンションの研究を発表している。油圧を大量に使った1989年とは方式がまるで違うが、「外部から力を与えて車体の動きを積極的に制御する」という課題そのものは、37年後も続いている。


油圧式から電動式へ変化してきたアクティブサスペンション技術のイメージ
AI生成による技術史の概念イメージです。実在するGS430の電動アクティブスタビライザーや、2026年に発表された研究装置の部品形状・配置を忠実に再現したものではありません。

【編集者が思うこと】

俺は最初、「あのセリカのアクティブサス、結局失敗して消えたんだろう」と思っていた。でも調べると、ちょっと違った。

セリカからソアラへちゃんと発展しているし、少なくともセリカ時代の開発者の一人だった武馬修一氏は、その後も電動アクティブスタビライザーなどの研究に関わっている。消えたのは「油圧を大量に使って全部やる」という方法であって、「車体姿勢をコンピューターで積極的に制御したい」という発想ではなかったように見える。

それにしても、165馬力のFFセリカをGT-FOURより51万5000円も高くして売るという企画は、今考えるとなかなか狂っている。でも昭和末期から平成初期の日本車には、こういう「採算より先に技術を載せてみた」ような車が本当にあった。300台しかないから失敗作、ではなく、300台でも客に売ってしまった実験室と考えたほうが、このセリカは面白い。

参考資料

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