荷台の奥行きはわずか660mm。2人乗りで、543cc・28PS。なのに後ろには最大200kgを積める荷台が付いている。そして新車価格は45万円から。1983年2月に登場したスズキ・マイティボーイ、通称「マー坊」は、数字だけ並べると何をしたかったのか少々分かりにくい。
軽トラックほど荷物は積めず、セルボのようなクーペなのに後席もない。それでもスズキは公式資料で、ビジネス用途だけでなく、スポーツなどを楽しむ若者がファッショナブルに乗る車を狙ったとしている。つまりマー坊は、軽トラを格好よくした車ではない。クーペを「遊び道具を積める商用車」にしてしまった車だった。
AI生成による1983年前期型マイティボーイのイメージです。グレードや外装の細部は実車と異なります。
45万円は「ちょっと安い」ではなかった
ベースになった2代目セルボは58万円から。マイティボーイは45万円だから、13万円安く、単純計算で約22%安い。同じ1983年に登場したホンダ・バラードスポーツCR-X 1.3は東京価格99万3000円だったので、車格も性能も違うとはいえ、価格だけならCR-X1台分でマー坊が約2.2台という世界である。
しかも、ただ安い箱を作ったわけではない。全長3195mm、全幅1395mmという軽規格の中に、リクライニングできる2座席とシート後方の収納を残し、その後ろに短い荷台を載せた。荷役効率だけ考えれば妙な設計だが、逆に言えば最初から人間側を優先している。660mmの荷台は「仕事には小さい」のではなく、「遊びに必要な分だけ外へ出した荷室」だったと見ると腑に落ちる。
その前に「アルト47万円」が道を作っていた
マー坊が突然こんな価格で現れたわけでもない。スズキは1979年、初代アルトを47万円で発売している。当時のアルトは、乗用車のような姿をした軽商用車という発想で価格を抑え、大ヒットした。軽ボンネットバンという市場そのものを大きくした車だ。
物品税については少し注意が必要で、アルト発売時の軽商用車は非課税だったが、軽ボンネットバンの普及後、1981年には軽ボンネットバンに5.5%の物品税が課されるようになった。したがって「マー坊も商用車だから税金ゼロで45万円だった」と単純化するのは正しくない。それでも、商用規格を使って安いパーソナルカーを作るという発想は、すでにアルトが市場に定着させていた。
1979~80年代前半の軽ボンネットバンとマイティボーイの用途の違いを表したAI生成イメージ。車種・グレード・外装の細部は実車の厳密な再現ではありません。
28PSでも「遅い車」で片付けると見誤る
エンジンはF5A型543cc直列3気筒で28PS。現在の感覚なら頼りなく見えるが、代表グレードの車重は520kgしかない。単純に割れば1PSあたり約18.6kgで、とにかく車体が軽かった。
当時の『CAR and DRIVER』の試乗では、一般道での小回りと軽快さ、高速域での安定性も評価され、テスト燃費は22.35km/Lを記録している。もちろん現代車の安全性や快適性と比較する話ではない。だが、28PSしかない車ではなく、520kgしかない車と見ると印象が変わる。
実は「バブルだから作れた車」でもない
マー坊を見ると、「昔は景気が良かったからメーカーも遊べたんだろう」と言いたくなる。しかし発売された1983年2月は、内閣府が設定する景気基準日付では、ちょうど第9循環の景気の谷に当たる。一般にバブル景気につながる第11循環の拡張局面が始まるのは1986年11月で、まだ数年先だ。
むしろ1980年代前半は、金をかけて豪華にする前に、既存のメカを使ってどう面白くするかという時代だったように見える。シティが現れ、CR-Xが現れ、スズキ自身もセルボにターボを載せる。そこへマー坊は、速さではなく「安いのに普通じゃない」という方向から割り込んできた。
1983年頃、マイティボーイで遊び道具を運ぶ若者を表したAI生成イメージ。実車の荷台長は660mmで、画像の車体形状や積載方法は厳密な再現ではありません。
スズキ側の100周年関連資料には、マイティボーイの狙いとして「アメリカ風の楽しいクルマ」「少ないお金で目立ちたい!!」という言葉まで残っている。これほどマー坊を正確に説明するコピーもないだろう。大排気量もターボも後席もいらない。金はかけられない。でも、普通の車には乗りたくない。その需要に45万円で答えたのがマイティボーイだった。
【編集者が思うこと】
最初は俺も、「こういう変な車を本気で売れたのは、80年代の景気が良かったからだろう」と思っていた。でも調べると逆だった。発売月は景気の谷。しかも45万円。豪華だから面白かったんじゃなくて、金をかけられないから知恵の使い方がおかしくなった。それが面白い。
今の車がつまらない、と単純に言う気もない。安全装備も環境性能も当時とは比較にならないし、45万円の新車など現実的ではない。ただ、昔のメーカーには「金のない若者でも、車でちょっとふざけられる商品」があった。マー坊を見て懐かしいのは、ピックアップの形そのものより、そんな商品企画が成立した時代なのかもしれない。
