友人グループの中に、「困ったら、あいつに聞け」と言われる人がいる。
仕事、人間関係、パソコンのトラブル、買い物、旅行。何を相談しても話が早い。そこで実際に相談してみると、本人から返ってきた第一声がこれだった。
「まずAIに聞いてみな」
そしてAIに質問する。質問の仕方を少し直してもらう。追加条件を入れる。出てきた回答を見ながら整理する。
結果、問題は解決した。
相談した本人は満足して帰っていく。そして周囲にはこう言う。
「やっぱり、あいつに相談すると全部解決する」
よく考えると、かなり変な話である。

答えを知っている人より、答えの探し方を知っている人
以前なら、「頼れる人」とは知識量の多い人だった。
車に詳しい。法律に詳しい。パソコンに詳しい。冠婚葬祭にも詳しい。そういう人物が、地域や職場の“生きた百科事典”として頼られていた。
インターネットが普及すると、その役割は少し変わった。
何でも暗記している必要はなくなり、代わりに「どこを調べれば正確な情報が出るか」を知っている人が強くなった。
そして生成AIの時代では、さらに一段変化している。
「何を知っているか」より、「何をどう聞けば答えに近づけるか」が重要になってきた。
つまり、相談相手自身が答えを持っていなくてもいい。
問題を整理し、AIに投げるべき質問へ変換できれば、それだけでかなり強い相談役になる。

「AIに聞けば?」だけでは、実は何も解決しない
ただし、ここを勘違いすると少し寒い。
相談された瞬間に毎回「AIに聞け」で終わるなら、その人は相談役ではなく、単なるAIの案内看板である。
Google検索が登場した頃にも、何を聞いても「ググれ」と返す人がいた。それで人望が集まったという話は、あまり聞かない。
本当に頼られる人は、AIへ丸投げしているわけではない。
「それだと質問が広すぎる」
「予算を書いた方がいい」
「その回答は法律の話だから、公式情報も確認した方がいい」
「AIはそう言っているけど、お前自身はどうしたい?」
こうやって、問題を“AIが答えやすい形”へ変換している。
ここには普通に人間の能力が必要になる。
AIを使う人を「手抜き」と笑う人ほど危ない
生成AIを使うことに対して、いまだに「自分で考えていない」「楽をしている」という見方はある。
もちろん、AIの回答をそのまま信じてコピペするだけなら、その批判も当たっている。
しかし逆に、何でも自力で考えることを美徳にしすぎるのも妙な話だ。
電卓を使わず暗算する人が、必ずしも仕事のできる人ではない。地図アプリを使わず道に迷う人を、「自分の頭で考えていて立派だ」と評価する人もいない。
道具があるなら使えばいい。
問題は、道具を使ったあとに判断できるかどうかである。

これからの「頭がいい人」は少し違って見える
AI時代になると、「物知り」の意味そのものが変わってくる可能性がある。
昔の物知りは、頭の中に情報をたくさん持っている人だった。
これからは、必要な情報を必要なときに取り出し、その真偽を見極め、現実の問題へ落とし込める人が強くなる。
そこで必要なのは、知識だけではない。
質問力、整理力、疑う力、そして最終判断。
AIが普及すればするほど、むしろこの部分で人間同士の差は広がるかもしれない。
面白いのは、周囲から見ると結果だけは昔と変わらないことだ。
「あいつに聞くと、なぜか解決する」
ただし、その人物の頭の中に百科事典が入っているわけではない。
隣にはAIがいる。
そして本人は、AIより少しだけ“何を聞けばいいか”を知っている。
それだけで、いつの間にか友人グループ一番の知恵者になってしまう。

【編集者が思うこと】
AIに上手に聞ける人、つまりプロンプトを組み立てられる人が、これからの「デキる相談役」になるのかもしれない。昔は物知りが頼られたけど、今は全部知ってなくてもいい。ただし「AIに聞け」で終わる人は別。それじゃ相談役じゃなくて、ただの案内係だ。
