『相棒』2代目の神戸尊を演じた及川光博、通称ミッチー。2012年の降板には、水谷豊との不仲説がつきまとっていた。
なかでも気になったのが、「水谷が及川の女性との食事をめぐる報道に激怒し、降板させた」という話だ。さらに、後年の檀れいとの離婚まで結びつけて考えると、どうにも妙なことになる。
日付を確認すると、神戸が卒業したのは2012年3月21日。及川と檀が離婚したのは2018年11月28日。実に6年8か月も後の出来事だった。
ならば、水谷豊は一体いつ、何に怒ったというのか。そして、本人は14年後に何を語ったのか。
2011年の『相棒』公式ブログ、2012年の卒業会見と週刊誌、2018年の離婚発表、そして2026年に公開された水谷豊の自伝抜粋を突き合わせてみた。
2011年、水谷豊はミッチーの結婚を祝福していた
まず掘り出したのが、2011年7月28日の『相棒』公式スタッフブログだ。
及川光博と檀れいは、2010年元日放送のseason8第10話「特命係、西へ!」で共演。劇中では神戸尊と、その学生時代の恋人という関係だった。それが現実の結婚につながったのである。
番組スタッフは二人の結婚を祝福し、さらに水谷豊本人からのメッセージを掲載していた。
水谷は、相棒が相棒を見つけたことを喜び、檀は自分も薦めたい相手だったという趣旨を語った。そして最後は、「みっちゃん、心からおめでとう。」
なかなか微笑ましい。少なくとも2011年7月時点で、水谷は二人の結婚を公に祝福していた。
ただし、これだけでその後に対立が起きなかったと証明できるわけではない。問題は、この約2か月後に別の報道が出たことだった。
「水谷激怒説」は2012年の週刊誌に載っていた
2011年9月27日発売の『女性自身』は、及川が妻以外の女性と食事をした件を「相合傘デート」として報道した。
及川は同日付の公式サイトで、女性の友人と食事したことは認めつつ、相合傘や別居などの報道内容を否定している。
それから約4か月。2012年2月7日、神戸尊のseason10限りでの卒業が発表された。
そして2月15日の『女性自身』は、及川の振る舞いが水谷の怒りを買ったため降板することになった、というテレビ局関係者の匿名談話を掲載した。
ここで当時の記録を時系列に並べてみよう。
| 年月日 | 確認できる出来事 |
|---|---|
| 2011年7月28日 | 『相棒』公式ブログで水谷が結婚を祝福 |
| 2011年9月27日 | 女性との食事が報道され、及川が一部内容を否定 |
| 2012年2月7日 | 番組公式会見で神戸尊の卒業を発表 |
| 2012年2月15日 | 『女性自身』が水谷の激怒・不仲説を報道 |
| 2012年3月21日 | season10最終回「罪と罰」で神戸が卒業 |
| 2018年11月28日 | 及川と檀が離婚を正式発表 |
| 2023年7月13日 | 『水谷豊 自伝』初刊発売 |
| 2026年1月28日 | 同書の文庫版発売 |
| 2026年4月21日 | 文春オンラインが不仲説に関する自伝の抜粋を公開 |
日付だけで分かることがある。
2018年の離婚は2012年の降板原因にはなり得ない。一方、2011年の女性報道を降板と関連づけた週刊誌記事は実在した。
ただし、報道が存在したことと、そこで語られた因果関係が正しいことは別である。

2012年当時の芸能週刊誌編集部をイメージしたAI生成イラスト。人物・写真・資料は創作であり、実際の報道写真や取材現場を再現したものではない。
週刊誌の「右京激怒」は、水谷本人の怒りなのか
2012年2月15日の『女性自身』には、もう一つ見逃せない部分がある。
記事は、season10最終回の脚本で杉下右京と神戸尊が対立し、神戸が特命係を去る筋書きを紹介。そして、その展開には水谷本人の意向も反映されているはずだ、という匿名関係者の見方を掲載していた。
しかし、ここには飛躍がある。
ドラマの中で右京が神戸の行動に怒ることと、現実の撮影現場で水谷が及川に怒っていたことは、まったく別の話だ。
実際のseason10最終回「罪と罰」は、クローン人間をめぐる事件で二人の正義が衝突する物語。神戸は最終的に警察庁へ異動し、特命係を去った。
「杉下右京が神戸尊に怒った」という脚本上の出来事から、「水谷豊が及川光博に怒って降板させた」と結論づけることはできない。
そもそも、その脚本上の展開を誰がどのような理由で決めたのか、週刊誌の匿名談話だけでは確認できないのである。
2012年の公式会見では、何が語られていたのか
一方、2012年2月7日の卒業会見は、現在も『相棒』公式スタッフブログに記録が残っている。
松本基弘ゼネラルプロデューサーは、視聴者に新鮮な物語を届けるための展開と説明し、水谷と及川も受け入れたと語った。
及川自身も、松本プロデューサーと話し合って卒業の決定を聞いたこと、3年間は十分に長く、学校を卒業するような感覚だったことを説明している。
会見では、水谷が長く出演している自分を留年生になぞらえて笑いを誘う場面もあった。
もちろん、記者会見で笑っていたから不仲ではなかった、という証明にはならない。しかし、少なくとも公式会見では、懲罰的な降板ではなく、制作上の新展開として説明されていた。
2012年当時の番組側の説明と、週刊誌の匿名談話は、明確に分けて読む必要がある。
水谷豊の自伝で再注目された「3年」の理由
それから14年。2026年4月21日、文春オンラインは『水谷豊 自伝』(新潮社)から、及川光博との不仲説に関する部分を公開した。
実はこの自伝、初刊は2023年7月。2026年1月に文庫化された本であり、2026年に初めて出版されたわけではない。
水谷は、及川との関係は良好だったと振り返り、なぜ不仲のように書かれるのか、及川自身も不思議がっていたと語っている。
さらに、及川が3年で卒業した理由についても説明した。
及川は俳優であると同時に歌手でもあり、コンサートツアーの予定を調整して『相棒』に出演していた。水谷によれば、音楽活動への負担を考え、当初から3年ほど出演してもらえれば十分だと思っていたという。
ここで2012年の会見を思い出したい。及川は当時、3年間を学校の卒業に例えていた。
さらに調べると、2012年2月7日付のORICON NEWSにも、神戸尊の卒業は当初からseason10を区切りにする予定だったとの記述がある。
つまり「3年間で卒業」という話は、14年後に突然出てきた説明ではない。2012年当時の報道にも存在し、2026年に公開された自伝の抜粋では、音楽活動との両立という事情が語られている。
ただし、自伝は後年の本人の回顧である。出演契約や当時の制作会議の記録が公開されたわけではなく、これだけで全事情が確定したとは言えない。

刑事ドラマの撮影現場をイメージしたAI生成イラスト。劇中の対立と俳優本人の関係は別の問題であり、実際の『相棒』撮影現場や当事者の会話を再現したものではない。
では、2018年の離婚は何だったのか
及川と檀は2018年11月28日、連名の書面で離婚を発表した。
二人は、互いに仕事へ集中するあまり、時間的にも精神的にも余裕が持てなくなったと説明している。
この発表を、6年以上前の『相棒』降板と結びつける根拠は確認できない。
卒業回の2012年3月21日から離婚発表の2018年11月28日までは、日付を引き算すると2443日、約6年8か月も離れている。
ここは切り分けたい。2011年の女性との食事をめぐる報道は降板より前だが、2018年の離婚は降板より後。二つを一緒くたにして「離婚で水谷が激怒した」とする話は、時系列そのものが成立しない。
14年後、神戸尊は再び右京の相棒になる
そして2026年10月13日、テレビ朝日はseason25の途中で、亀山薫から神戸尊へ再び相棒を交代すると正式発表した。
2012年に去った及川が、6代目相棒として戻ってくるのである。
これだけで2012年の制作現場に一切の対立がなかったと証明できるわけではない。しかし、当時の卒業会見、水谷の自伝、そして今回の再起用を合わせて見ると、単純な「激怒による永久追放」という筋書きでは説明しきれない。
確認できるのは、2012年の降板をめぐって異なる説明が報じられ、後年の水谷本人は不仲説を否定した、ということだ。
週刊誌が示した因果関係は立証されていない。かといって、制作現場のすべてが明らかになったわけでもない。
そこを区別してこそ、過去の芸能ゴシップを検証する意味があると思う。
【編集者が思うこと】
俺は最初、ミッチーの離婚に水谷豊が腹を立てて降板させた、という話をうろ覚えで持っていた。
ところが日付を並べたら、離婚は降板の6年以上も後。おいおい、怒るにしても時空を超えているじゃないか。
さらに当時の週刊誌まで戻ると、問題にされていたのは2011年の女性との食事。そして、ドラマの中で右京が神戸に怒る脚本を、水谷本人の怒りへ結びつけていた。
こういう話、昔の芸能誌ならいかにもありそうだ。ただ、読んでいて面白いことと、本当だったことは別なんだよな。
2012年の会見では二人とも冗談を交わし、自伝では水谷が不仲説を否定。しかも神戸は再び相棒になるという。
もちろん、後年の証言だけで当時の舞台裏を全部きれいに塗り直すつもりはない。でも、古い噂を何十年も事実のように扱うのも違う。
結局、俺がいちばん面白いと思ったのは、誰が誰に怒ったかではなく、脚本の中の人間関係と俳優本人の人間関係が、いつの間にか一緒に語られていたことだった。
ドラマの見過ぎで現実までドラマにしてしまったのか。それとも、そっちのほうが記事として売れたのか。そこはちょっと気になる。
相棒 4部作
亀山薫から神戸尊へ、17年前の交代劇が再び。2008年の亀山卒業、神戸尊の降板をめぐる噂、そして2026年の再交代が意味するものを、当時の資料と本人の発言から全4回で検証します。
- 第1回: 『相棒』が2009年に逆戻り!?――亀山薫から神戸尊へ、なぜ今またミッチーなのか
- 第2回: 亀山薫は『相棒』を追われたのか?――人気絶頂の降板劇と15年後の「武者修行」証言
- 第3回: 水谷豊はミッチーに激怒したのか?――『相棒』降板14年、週刊誌と本人の証言を比べた
- 完結編: 『相棒』は亀山薫で終わるはずだった!?――神戸尊再登板で読み直す水谷豊の「最後」発言 公開予定
参考資料
- テレビ朝日『相棒』公式スタッフブログ(2011年7月28日)「及川光博さん 檀れいさん おめでとうございます!」(水谷豊の結婚祝福コメント、二人の共演経緯)
- ORICON NEWS(2011年9月29日)及川光博が「相合傘デート」報道を否定(公式サイトで及川本人が示した説明)
- テレビ朝日『相棒』公式スタッフブログ(2012年2月7日)神戸尊の卒業会見記録(松本基弘プロデューサー、水谷豊、及川光博の発言)
- ORICON NEWS(2012年2月7日)「『相棒10』最終回で及川光博が卒業」(season10で区切る予定だったという同時代報道)
- 女性自身(2012年2月15日)「水谷豊『相棒』最終回の台本は『右京が激怒でミッチー左遷』」(当時の不仲・激怒説を伝えた記事。匿名談話は事実認定と区別)
- 放送ライブラリー『相棒 season10』最終回「罪と罰」(2012年3月21日の放送記録)
- スポニチアネックス(2018年11月28日)及川光博と檀れいの離婚コメント全文(本人たちの連名発表)
- 新潮社『水谷豊 自伝』書誌情報(2023年7月13日刊行の初刊)
- 新潮社『水谷豊 自伝』新潮文庫版(2026年1月28日発売)
- 文春オンライン(2026年4月21日)『水谷豊 自伝』抜粋・及川光博との不仲説の真相(水谷の回顧、音楽活動と出演期間についての説明)
- テレ朝POST(2026年10月13日)『相棒 season25』亀山薫から神戸尊への交代発表(6代目相棒としての復帰)
