「B級映画」と聞くと、低予算、安っぽい特撮、妙な怪物、少し変わった設定。そんな印象を持つ人は多い。
確かに、そのイメージを否定できない作品もある。しかしB級映画を掘っていくと、制作費や知名度では説明できない妙な面白さを持つ作品にぶつかることがある。
今回は、単なる珍作紹介ではない。観てみると「映画は大作だけじゃない」と少し考えが変わりそうな5作品を選んだ。

第5位 アタック・オブ・ザ・キラー・トマト
1978年公開。題名通り、トマトが人間たちを混乱に巻き込んでいく異色作である。
設定を聞いた段階で、ほとんど冗談にしか思えない。しかし、この作品の面白いところは、「そんな企画を本当に一本の映画にしてしまった」ことにある。
映画には壮大な物語や深刻なテーマが必要だと思いがちだが、この作品を見ると、その常識が少し揺らぐ。
くだらなさも徹底すれば個性になる。B級映画の魅力を分かりやすく示す一本だ。

第4位 キラーコンドーム
1996年公開のドイツ映画。タイトルを見ただけで「いったい何の映画だ」と思ってしまう。
ところが特徴的なのは、奇抜な設定そのものより、制作側が妙に真面目な映画として成立させようとしている点である。
普通なら短いジョークで終わりそうなアイデアを、犯罪捜査ものや風刺作品の要素と組み合わせ、独特の世界を作ってしまった。
映画の面白さは題材の立派さではなく、「そのアイデアをどこまで本気で料理するか」で決まる場合もある。

第3位 バタリアン
1985年公開。ゾンビ映画でありながら、恐怖とブラックユーモアがかなり変わった割合で混ざっている。
序盤は少しふざけた雰囲気があるものの、状況は次第に悪化していく。その落差が、この作品独特の後味を作っている。
さらに特徴的なのが、登場するゾンビたちの扱いだ。それまでの典型的なゾンビ像から一歩踏み出し、知性や意思を感じさせる存在として描かれている。
ホラーとコメディを一緒にすると、どちらも弱くなる。そんな先入観を壊してしまった作品でもある。

第2位 ゼイリブ
1988年公開、ジョン・カーペンター監督。
主人公が特殊なサングラスをかけると、それまで普通に見えていた街の景色が別の姿を見せ始める。
広告や社会の中に隠れていたメッセージ、そして普通の人間に見えていた存在の正体が見えるという設定だ。
表面上はSFアクションだが、そこには広告、消費社会、権力への風刺がかなり大胆に盛り込まれている。
難しい社会派映画として語るのではなく、娯楽映画の中へ強引に放り込んでいるところが面白い。

第1位 トレマーズ
1990年公開。砂漠の小さな町を舞台に、地中を移動する巨大生物と住民たちの攻防を描く。
説明だけなら典型的なモンスター映画に聞こえる。しかし、実際に観ると印象はかなり違う。
登場人物たちは、ただ逃げ回るのではない。怪物の行動を観察し、仮説を立て、対策を考える。そして怪物側も人間の行動に対応してくる。
つまり中心にあるのは、派手な映像よりも人間と怪物の知恵比べなのである。
「B級映画=雑な映画」と思っている人には、特に見てもらいたい一本だ。

B級映画は「予算が少ない映画」だけではない
今回の5作品を並べると、共通点が見えてくる。
トマト、奇妙な怪物、ゾンビ、宇宙人、地中生物。題材だけなら、どれもかなり変わっている。
しかし、その奥には「このアイデアをどうすれば映画として面白くできるのか」という工夫がある。
大作なら、豪華な映像、有名俳優、大規模な宣伝などを武器にできる。一方で、小規模な作品は奇抜な設定やブラックユーモア、発想そのものを武器にすることが多い。
その結果、ときどき大作以上に記憶へ残る映画が生まれる。
B級映画は、ハズレまで含めて面白い
B級映画の面白さは、単純に「完成度が低いこと」ではない。
普通なら企画段階で消えてしまいそうなアイデアを、本当に映画として完成させてしまうことにある。
もちろん、すべてが名作というわけではない。期待通りではない作品に出会うこともある。
だが、その当たり外れまで含めて掘っていくうちに、「次はどんな妙な映画が出てくるんだ」と楽しめるようになる。
そこまで来たら、もうB級映画の入口には十分立っている。
【編集者が思うこと】
良い意味でも悪い意味でも、B級映画って後味がしつこい。名作なら「良かった」で終わるのに、怪作は数日後まで「あれ何だったんだ?」と残る。そこが癖になると厄介で、普通の映画じゃ物足りなくなる。気がつけば映画を見る目まで、少々ややこしくなっている。
