円安で消えた?1ドル100円時代の外こもり日本人は、1ドル150円時代にどこへ行ったのか

円安で消えた?1ドル100円時代の外こもり日本人は、1ドル150円時代にどこへ行ったのか

1ドル100円時代、東南アジアには妙な日本人がいた

昔、東南アジアには妙な日本人がたくさんいた。

日本では無職。肩書もない。金もそんなにない。

なのに、なぜか楽しそうだった。

バンコクのカオサンロード。チェンマイの安宿。パタヤのゲストハウス。カンボジア、ラオス、ベトナム。

バックパック一つ背負って、日本で数か月働き、金が貯まったら東南アジアへ消える。

いわゆる「外こもり」である。
円安で消えた?1ドル100円時代の外こもり日本人は、1ドル150円時代にどこへ行ったのか
当時は強かった。

1ドル100円前後。100バーツも300円くらいの感覚だった。

安宿に泊まり、屋台で飯を食い、ビールを飲み、ネットカフェへ行く。

朝起きても予定なんかない。

今日は何する?

何もしない。

それが最高だった。

日本では「働いていない人」でも、東南アジアへ行けば「長期旅行者」になれた。

履歴書の空白期間すら、本人にとっては勲章だった。

「俺、去年半年タイにいたから」

知らねえよ。

だが、バックパッカー同士では妙にそれが通用した。

どこの安宿が安い。どこの国境は陸路で越えられる。どこの食堂なら100円で腹いっぱいになる。

そんな情報を交換して、何か世界を知り尽くしたような顔をしていた。

あれはあれで楽しかった。

ところが、1ドル150円時代がやって来た

ところが2020年代。
円が弱くなった。
1ドル150円前後。
航空券も上がった。宿代も上がった。タイも発展した。ベトナムも物価が上がった。

昔500円だった部屋が、500円では泊まれない。

「東南アジアなら月5万円で余裕」

そんな昔話を今でも信じて飛行機に乗ると、現地で現実に殴られる。

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コンビニへ入る。
「あれ? 高くね?」

ショッピングモールへ行く。
「日本と変わらなくね?」

日本食屋へ入る。
「むしろ日本より高くね?」

そしてスマホで為替を見る。
そこでようやく気づく。

東南アジアが高くなっただけではない。
日本人が貧しくなったのだ。
これが一番痛い。

昔のバックパッカーは、日本でアルバイトを数か月すれば、その金を東南アジアで長く伸ばせた。
日本円という強い武器を持っていたからだ。
だが今は、その武器が錆びた。

外こもり日本人は消えたのか?

では、外こもり日本人は消えたのか。
いや、消えてはいない。

ただし、場所と形を変えた。

バンコク中心部からタイの地方へ。
タイからベトナムへ。

観光地からローカルエリアへ。
ホテルから月貸し部屋へ。
レストランから屋台へ。
そして完全無職型から、パソコン一台で日本の仕事を続けるノマド型へ。
円安で消えた?1ドル100円時代の外こもり日本人は、1ドル150円時代にどこへ行ったのか
つまり、外こもりも進化したのだ。

昔は、「日本で稼いで海外で使う」
今は、「海外にいながら日本円を稼ぐ」

ここが決定的に違う。

YouTube、Web制作、動画編集、ライター、プログラマー。
バックパックの中身も変わった。

昔は『地球の歩き方』だった。
今はMacBookだ。

昔は国際電話だった。
今はLINE。

昔はネットカフェを探した。
今はSIMカードを買えば終わり。

旅は便利になった。でも、少しだけロマンが消えた

旅そのものは、圧倒的に便利になった。

だが、ロマンは少し減った。

知らない町へ着いて、安宿を歩いて探し、怪しい旅行代理店で翌日のバスチケットを買う。
あの面倒臭さまで含めて旅だった。
今ではBooking.comを開けば宿が並び、Googleマップを見れば食堂まで迷わない。

便利だ。
便利すぎる。

だから昔バックパッカーだった人間が今の東南アジアへ行くと、少し寂しく感じるかもしれない。
「俺たちが知っていたアジアじゃない」

そう思うだろう。

でも、それでいい。

街が変わった。
物価も変わった。
旅人も変わった。
そして俺たちも歳を取った。

20年前、汗だくになって20バーツを値切っていた若者が、今では腰痛を気にしてGrabを呼ぶ。
それも旅だ。

本当に懐かしいのは、安いタイではない

1ドル100円時代の外こもり日本人は、消えたわけじゃない。
地方へ散った。
ネットの中へ移った。
短期滞在型になった。

そして一部は、日本へ帰って普通のおっさんになった。
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だが、たまに東南アジアの安宿の写真を見ると、胸の奥が少し騒ぐ。

あのクソ暑い空気。
排気ガス。
屋台の匂い。
安いビール。
予定のない明日。
金はなかった。
肩書もなかった。

でも時間だけは腐るほどあった。

たぶん、バックパッカー経験者が本当に懐かしいのは、1ドル100円ではない。

何者でもなくても平気だった、あの頃の自分なのだ。

【管理者が思うこと】

僕自身、タイには5年以上滞在して、ビザランや更新のたびにカンボジア、ラオス、マレーシア、台湾、香港、ミャンマーなどを節約しながら回ってきた。だから「昔の東南アジアは安かった」は、数字ではなく体感として分かる。

豪華な旅ではなかったけど、少ない金で長く動けたあの時代は面白かった。今思えば、安さ以上に「時間を気にせず動けた自由」が一番贅沢だったのかもしれない。

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