童謡を信じて走ったら危険?『森のくまさん』と現実
童謡『森のくまさん』は、森で少女とクマが出会う、誰もが一度は耳にしたことのある楽しい歌だ。
ところが、近年のように市街地や通学路の近くまでクマが出没する時代になると、この歌には少々気になる部分が見えてくる。
それが、クマに出会った少女が「お逃げなさい」と言われ、走って逃げる場面である。
童謡の世界なら何の問題もない。しかし、これを現実のクマへの対処法として考えると、むしろ逆だ。

歌の中では正解、現実では危険
実際にクマと遭遇した場合、基本とされているのは背中を向けて走らないことである。
クマを刺激せず、様子を見ながら、ゆっくりと距離を取る。突然走ったり、大声を出したりすると、クマが興奮したり、追ってくる可能性があるためだ。
つまり『森のくまさん』で印象的な「スタコラサッサ」という行動は、現実では推奨されない。
もちろん、童謡はクマ対策マニュアルとして作られたものではない。歌詞に安全知識を求めること自体が野暮だという意見もあるだろう。
ただし問題は、この歌を覚えるのが主に幼い子どもだという点にある。

子どもは「歌」と「現実」をどこまで分けられるのか
大人なら、「これは童謡の物語だから」と簡単に切り分けられる。
しかし、小学校低学年くらいの児童にとって、繰り返し歌った言葉や動作は意外と強く記憶に残る。
だからといって、『森のくまさん』を歌った子どもが、本物のクマを見た瞬間に必ず走り出す、という話ではない。そこまでの因果関係を示す根拠はない。
それでも、恐怖で混乱している状況では、人間は落ち着いて教科書を思い出せるとは限らない。大人でさえ、巨大なクマが目の前に現れれば反射的に逃げたくなる。
そこへ「クマに会ったら逃げる」という幼少期からのイメージまで重なっていると考えれば、学校で正しい行動を一度説明しておく意味は十分にある。
『森のくまさん』を禁止する必要はない
では、この歌は危険だから学校で歌わせるべきではないのか。
そこまで話を飛躍させる必要はないだろう。
『森のくまさん』は現在も一部の小学一年生向け音楽教科書に掲載されているが、全国一律の必修曲ではない。そして本来は、掛け合いやリズムを楽しむ音楽教材である。
問題なのは歌そのものではなく、童話の世界と現実の安全行動を別物として教える機会があるかだ。
むしろ現在の状況なら、この歌はクマ安全教育への入口として利用できる。

音楽の授業に「たった30秒」の安全教育を
難しい授業を追加する必要はない。
歌い終わったあと、先生が一言説明すればいい。
「歌の中では走って逃げていますが、本物のクマに会ったときは、背中を向けて走ってはいけません。クマを見ながら、ゆっくり離れます」
これだけでも、児童の記憶には「歌と現実は違う」という情報が残る。
特にクマの出没が多い地域なら、音楽の授業だけで終わらせず、登下校時の安全教育と結び付けてもいいだろう。
昔なら笑って済ませられた歌詞でも、クマが住宅地や学校周辺にまで現れるようになった現在では、受け止め方も少し変わってくる。
もう一つ必要なのが、被害を受けた児童への配慮
さらに忘れてはいけないのが、クマ被害を身近に経験した子どもの存在だ。
本人や家族がクマに襲われた経験を持つ児童にとって、『森のくまさん』が必ずしも楽しい童謡とは限らない。
周囲の子どもたちが笑顔で歌っていても、その児童だけは事故の記憶を思い出してしまう可能性がある。
だからこそ学校側には、「昔からある歌だから全員歌いなさい」で済ませるのではなく、事情がある児童には無理をさせない柔軟さも必要になる。

童謡だからこそ、現実との違いを教える
『森のくまさん』そのものが悪いわけではない。
むしろ面白いのは、昔から親しまれてきた何気ない童謡が、社会環境の変化によって別の意味を持ち始めたという点だ。
クマが遠い山奥だけの存在だった時代なら、「スタコラサッサ」で笑って終われた。
しかし今では、本当に通学途中でクマと遭遇する可能性のある地域もある。
だったら歌を消すのではなく、歌を使って現実を教えればいい。
「童謡では走る。でも本物のクマからは走って逃げない。」
この一言をセットにするだけで、『森のくまさん』は単なる昔の童謡から、現代の安全教育にも使える教材へ変わる。
歌を禁止するより、現実との違いを教える。そのほうが、ずっと教育らしいのではないだろうか。
【管理者が思うこと】
昔なら何も考えずに歌っていたけど、今は本当に熊が街まで出てくる時代。
童謡だからで済ませず、「歌では逃げるけど、本物からは走るな」くらい学校で教えてもいいと思う。歌を禁止するより、現実を一つ足して教える。その方がよっぽど役に立つ。