推し活は「ただの趣味」ではなくなっている
ライブ、遠征、グッズ、限定商品、ファンクラブ、オンラインイベント。現在の推し活は、単に好きな芸能人やキャラクターを応援するだけの趣味ではない。
熱心な層になるほど、そこへかなりの金と時間を投入する生活スタイルになっている。

中には推し活資金を確保するため、副業を始めたり、より収入の高い仕事へ転職したり、休みを取りやすい会社を選んだりする人もいる。

本人が楽しんでいる間は、それで何の問題もない。しかし、一つ気になることがある。
推し活が終わったとき、その人の人生には何が残るのだろうか。
楽しい時間ほど「終了後の落差」が大きい
ライブやイベントには、普段の生活では得にくい強い刺激がある。
チケットの抽選結果を待ち、当日の服を選び、遠征し、会場へ入り、推しが登場する。その瞬間の高揚感は非常に大きい。
ところがイベントは数時間で終わる。
翌日には仕事があり、満員電車があり、家賃やローンがあり、いつもの日常へ戻される。

そこで起きるのが、いわゆる「祭りのあと」の空虚感である。
刺激が強ければ強いほど、平凡な日常との落差も大きくなる。そのため、「次のライブへ行きたい」「次のグッズが欲しい」という欲求がすぐに生まれる。
怖いのは「虚しさを次の課金で消す」循環
ここで推し活の面白い構造が見えてくる。
満足したから終わるのではなく、満足した直後から次の予定を探し始めるのである。
ライブが終われば次の公演。グッズを買えば次の限定品。推しが活動休止すれば別のコンテンツを探す。
もちろん趣味とは本来そういうものだ。しかし、日常生活そのものに満足できず、推し活だけが強い快楽になっている場合、この循環は止まりにくくなる。
言い換えれば、推し活を楽しんでいるというより、推し活がない状態に耐えられなくなっている可能性が出てくる。
どれだけ応援しても「関係」は基本的に変わらない
もう一つ、推し活特有の問題がある。
ファン側は何年も応援し、何十万円、場合によっては何百万円を使う。本人にとって推しは生活の重要人物になる。
しかし、推し側から見れば、多くの場合その人は多数いるファンの一人である。
これは冷たい話ではない。芸能活動やアイドルビジネスでは当然の構造である。
ただし、ファン側の心理的な距離だけが極端に近くなると、現実とのズレが生まれる。
自分にとっては人生の一部でも、相手にとって自分は人生の一部ではない。
この事実は、推しの結婚、引退、卒業、活動休止などをきっかけに突然意識されることがある。
「推しは幸せ、自分は何も変わっていない」という瞬間
推し活を5年、10年と続ければ、かなりの時間が経過する。
その間に推しは成功し、収入を増やし、結婚し、新しい人生へ進んでいくこともある。
そこで自分の生活を振り返ったとき、貯金が少ない、仕事は変わっていない、人間関係も広がっていないとなれば、突然こんな疑問が出てくる。
「僕はこの何年間、何をしていたんだ?」

楽しかった記憶まで否定する必要はない。しかし、人生の大部分を推しに預けてしまった人ほど、その疑問は重くなる。
虚しくならない推し活も当然ある
では、推し活そのものが悪いのかといえば、そうではない。
推しをきっかけに旅行へ行った。友人ができた。知らなかった音楽を聴いた。仕事を頑張る理由になった。そうした経験まで含めれば、推し活は人生を豊かにする立派な趣味になり得る。
違いは、推し活が「人生に追加された楽しみ」なのか、「人生そのものの代用品」なのかという点にある。
仕事もある。友人もいる。家族もいる。自分自身の目標もある。その上に推し活が乗っているなら、推しがいなくなっても思い出は残る。
反対に、仕事は推し活資金を稼ぐためだけ、休日はすべてイベント、貯金もほとんど残らないという状態になると、推しが消えた瞬間に生活の中心まで消えてしまう。
最後に残るものが「思い出」ならいい
趣味に使った金を「無駄だった」と単純に計算する必要はない。旅行も酒もゲームも映画も、楽しんだ時間そのものに価値がある。
ただし、推し活には一度考えておいた方がいい問いがある。
「この推しが明日突然いなくなっても、自分の生活には何が残るか?」
楽しかった思い出、友人、経験、自分自身の成長が残るなら、その推し活は人生を豊かにしたのだろう。
しかし、残るものが大量のグッズ、減った貯金、疲れ切った身体、そして次の推しを探さなければ埋まらない空白だけだとしたら、少し事情が違う。
推し活で本当に怖いのは金を使うことではない。
自分の人生を充実させるための趣味だったはずが、いつの間にか「自分の人生から目をそらすための趣味」へ変わってしまうことなのかもしれない。
【管理者が思うこと】
推し活は楽しいうちは大いにやればいい。ただ、他人の人生を応援するために、自分の金も時間も将来まで削るのは違うと思う。
推しが幸せになるのも結構。でも最後は、自分の人生もちゃんと幸せにしておかないとね。