1979年、日本中の小中学生を本気で怖がらせた存在がいた。
マスクをした女が近づいてきて、「私、きれい?」と聞く。答え方を間違えるとマスクを外し、耳元まで裂けた口を見せる――。
いわゆる「口裂け女」である。
現在では昭和を代表する都市伝説として扱われているが、興味深いのは怪談の内容そのものではない。注目すべきなのは、インターネットもSNSも存在しない1979年に、わずかな期間で「全国各地に出現したことになった」点である。
発生源は1978年末ごろの岐阜県とされる
口裂け女の噂が確認され始めたのは、1978年末ごろの岐阜県とされている。
「農家のおばあさんが、口の大きく裂けた女性を目撃した」といった話が原型ともいわれるが、発祥地点については八百津町、美濃加茂周辺など複数説が存在する。
つまり、「ある人物がこの日に口裂け女を作った」と特定できるような話ではない。
地域に存在していた噂が少しずつ変形し、それが子供たちの間へ入り込んでいった可能性が高い。

口裂け女を全国へ運んだのは「子供のネットワーク」
1979年に入ると、この噂は岐阜県だけの話ではなくなった。
新聞や週刊誌が取り上げ始め、さらに学校や学習塾を通じて別の地域へ伝わっていく。
特に重要だったと考えられているのが学習塾である。
当時の小学生は基本的に同じ学区内で生活している。しかし塾へ行けば、別の小学校に通う子供と接触する。
「うちの学校の近くに口裂け女が出たらしい」
この話を聞いた別の学校の子供が、翌日自分の学校へ持ち帰る。
すると数日後には、
「隣町にも出た」
「○○小学校の近くまで来た」
という新しい情報へ変化する。
今で言えば、学校と塾そのものが小学生専用SNSの役割を果たしていたと考えると分かりやすい。

なぜ「俺の近所でも見た」が大量発生したのか
ここからが口裂け女現象の最大の特徴である。
噂が全国へ広がるにつれて、「岐阜県にいる女」という設定では怖くなくなる。
そこで話は自然に、
「自分たちの町にも来た」
という形へ変化していく。
さらに口裂け女の特徴は、白いマスク、長い髪、女性、夕方の住宅街など、現実に存在してもおかしくないものばかりだった。
そのため子供が夕方、知らないマスク姿の女性を見ただけで、
「もしかして口裂け女だったのでは?」
という疑いが生まれる。
そして翌日の学校では、
「昨日、俺見た」
へと変わる。
これは必ずしも意図的な嘘とは限らない。恐怖心が先にあるため、普通の人物を怪異として認識してしまうのである。

学校の安全対策が、逆に噂を本物らしくした
噂が大きくなると、学校側も完全には無視できなくなった。
集団下校や保護者への注意喚起、地域によってはパトロールまで行われたとされる。
もちろん学校側が「口裂け女は実在する」と認めたわけではない。
不審者が便乗する可能性もある以上、安全対策としては当然である。
しかし子供から見れば事情は違う。
「先生まで警戒している。やっぱり本当にいるんだ」
となってしまう。
さらに実際に口裂け女の格好をして人を驚かせる模倣者まで現れた。
つまり架空の噂が人間を動かし、その人間の行動が今度は「目撃証言」を生み出すという循環まで発生したのである。
夏休みになると、口裂け女は消えた
ところが1979年夏ごろになると、この大騒動は急速に沈静化していく。
興味深いのは、1979年の夏休みが始まるころには、噂が急速に沈静化していることである。
毎日数百人の子供が集まり、最新の噂を交換していた学校という情報ネットワークが一斉に停止した。
口裂け女が倒されたわけでも、捕まったわけでもない。
学校や塾を介した口コミが弱まったことも、沈静化の一因だった可能性がある。

口裂け女の正体は「情報の伝染」だったのか
口裂け女が現在まで語り継がれている理由は、単に怖い怪談だったからではない。
地方の小さな噂が、口コミ、学校、塾、新聞、週刊誌によって増幅され、最後には全国の子供が「自分の町にもいる」と感じるところまで成長した。
そこにあるのは妖怪の移動ではない。
人間から人間へ移動する情報そのものである。
1979年にはSNSもスマートフォンもなかった。
それでも噂は半年ほどで日本中へ到達した。
そう考えると口裂け女とは、昭和の怪談であると同時に、日本で発生した巨大な「口コミバズ」の実験結果だったとも言える。
そして今なら、同じ種類の噂は半年も必要としない。
おそらく数時間で全国へ到達する。
口裂け女より怖いのは、怪談を作り上げてしまう人間の情報ネットワークなのかもしれない。
【編集者が思うこと】
ちょうど私が小学生の頃だった。「友達の兄貴が見た」「知り合いの知り合いが見た」なんて話を本気で信じていた。でも今考えると、どんだけ話を盛ってたんだよ~と思う。とはいえ、あの“誰かが見たらしい”だけで町中がザワつく感じ、昭和の子供社会としては妙に完成度が高かった。
