ポルシェ924は“ポルシェ”として生まれていなかった――VWになるはずだった異端の成功作

914の次に登場した入門ポルシェ、924。 ところがこのクルマ、出自をたどると914以上にややこしい。リアエンジンでも水平対向でもなく、フロントに水冷直列4気筒。しかもエンジンはAudi系、生産したのもAudiの工場だった。そして何より、924は最初からポルシェとして発売するために開発されたクルマではない。

昭和の外車雑誌的な感覚なら、「それでポルシェを名乗るのか」と言いたくなるところだ。しかし調べてみると、単純な“VWの没車にポルシェのバッジを貼った話”でもない。むしろ924は、何をもってポルシェと呼ぶのかを再びややこしくした一台だった。


911だけじゃないポルシェ・全6回

4気筒の912、VWと組んだ914、VW向け計画から生まれた924。そこから944、968、そして後のミッドシップ世代まで、「911ではないポルシェ」の妙な歴史を全6回で追います。

1970年代の開発室でポルシェ924風スポーツカーを検討する技術者を描いたAI生成イメージAI生成による開発イメージです。実際のEA 425開発現場や試作車を再現したものではありません。

「VWの没企画をポルシェが拾った」では少し違う

924の原点は、VolkswagenがPorscheへ開発を依頼した「EA 425」というプロジェクトだった。914の後継にあたるスポーツカーで、当初はVWとして発売される予定だった。しかし1970年代半ば、石油危機による市場環境の変化に加え、VWにはGolfベースのSciroccoも登場する。この時期、VWはEA 425を中止した。

ここだけ聞くと、「不要になったVW車をポルシェが買った」と見える。だが、EA 425を実際に設計・開発していたのは最初からPorscheである。VWが発注者で、Porscheが開発会社だった。しかも中止時には計画がかなり進んでおり、Porscheは開発費を引き受ける形でプロジェクトを取得した。自分たちがVWのために作っていたクルマを、自分たちの商品として買い戻した――という方が実態に近い。

エンジンはAudi、作る工場もAudi

こうして1976年に登場した924だが、911を基準に見ると異端要素が次々に出てくる。欧州仕様の初期型は2.0リッター水冷直列4気筒で125PS。Porsche公式資料ではAudi 100由来のエンジンをPorscheが924用に変更したものとされている。そして車両の組み立ては、Porsche本社のあるツッフェンハウゼンではなく、Audiのネッカーズルム工場で行われた。

つまり表面だけ並べると、VWが発注し、Audi系エンジンを積み、Audi工場で作られたPorscheになる。924が長く「安物ポルシェ」「Audiみたいなポルシェ」と見られた理由は分からなくもない。ただし、エンジンを含め924用の調整を行い、車体設計と走行性能をまとめ上げたのはPorscheである。単なるOEM車やエンブレム交換車と片づけるのも正確ではない。

なお、「VWの商用バンと同じエンジンを積んだポルシェ」と紹介されることもある。基本系統を共有するエンジンがVW LTにも使われたため完全な作り話ではないが、“バンのエンジンをそのまま載せた”と表現するとかなり乱暴だろう。

前にエンジン、後ろにミッション――ここはかなりポルシェだった

924で重要なのはエンジンの出自より、むしろトランスアクスルという構成だった。エンジンを前に置きながら、トランスミッションは後輪側へ配置し、両者をシャフトで結ぶ。重量を前だけに集中させず、前後のバランスを整えるための設計である。

もちろんトランスアクスルそのものをPorscheが発明したわけではない。しかしPorscheはこれを、新しいフロントエンジン・スポーツカーの基本設計として本気で採用した。テストドライバーだったRoland Kussmaulも、924の長所として扱いやすさや高速域での安定性を挙げている。寄せ集め部品を使って安く作る一方、走らせ方の思想まで安くしたわけではなかった。

“本物じゃない”と言われながら15万台以上

そして数字を見ると、924を失敗作扱いするのは無理がある。Porscheによれば、1976年から1988年までの各派生型を合わせて15万台以上が生産された。同じ期間の911に迫る規模である。Porsche自身も924を、当時の経済的成功を支えた重要なモデルと位置づけている。

ここは「924がPorscheを救った」とまで言うと話を盛りすぎる。しかし、911だけでは届かなかった層へPorscheを広げ、会社を支える柱のひとつになったことは間違いない。“ポルシェらしくない”クルマが、実際にはポルシェの商売をかなり支えていた。 このねじれが924の面白いところである。

安い入門車だったはずが、最後は210PSまで行く

Porscheは924を安価な入口のまま放置しなかった。Turboを投入し、1980年の924 Carrera GTでは2.0リッター直4ターボを210PSまで引き上げ、最高速度は240km/hに達した。もともとVW向けに始まったスポーツカーが、とうとうモータースポーツ用ホモロゲーションモデルにまで育ったのである。

さらに1981年のル・マンには924 GTP Le Mansが出場し、総合7位。だがこの車の中身は、Porsche自身が後に「未来の944のプロトタイプ」と説明している。新開発2.5リッターエンジンを実戦で試していたのだ。

ポルシェ924の開発、トランスアクスル構造、レーシング仕様、VWやAudiとの関係をまとめたAI生成イメージAI生成による概念イメージです。車両構造は説明用の表現であり、Porsche公式の断面図ではありません。企業ロゴを配した施設も実在の場所を再現したものではありません。

924は「偽物」ではなく、944になる途中だった

最後には924 Sが登場し、ついに944用のPorsche製2.5リッター4気筒まで搭載された。VW向けEA 425として始まり、Audi由来エンジンでPorscheになり、その発展形として944が生まれ、最後はその944のエンジンを924自身が受け取ったことになる。

こうして流れを並べると、924を「VWの残り物」と呼ぶだけでは説明できない。ポルシェとして生まれる予定ではなかったのに、設計したのは最初からPorsche。そしてPorscheとして育てられた結果、次の944を生み出した。 出自は異端でも、その後の仕事ぶりまで偽物だったわけではない。

そして次の944では、この系譜がさらに妙なところまで行く。Audi由来だった心臓をPorsche製へ置き換え、性能を上げていった結果、ついには「911より下のクラス」と簡単には言えない領域へ入っていく。

【編集者が思うこと】

昔の外車雑誌みたいなノリで見れば、924はツッコミどころだらけなんだよな。エンジンはAudi系、工場もAudi、それでポルシェの顔をしている。「安いポルシェ」と言われても仕方がない。でも俺が引っかかるのは、じゃあ誰がこのクルマを設計したのかというところ。調べると、最初からPorscheが作ってるんだよ。依頼主がVWだっただけで。

しかも結果は15万台超。最後にはCarrera GTになり、944の実験台まで務めている。ブランド物って血統を気にし始めると面倒だけど、クルマの場合は結局、誰の部品かより「どう料理したか」なんじゃないかと思う。924は、その境界線が一番ぐちゃぐちゃだから面白い。

参考資料

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