成功者ほど「非科学」に近づくという妙な現象
経営者は数字を見る。売上、利益率、在庫、広告費、人件費、投資回収率。普通に考えれば、もっとも合理性を求められる人種のひとつだ。
ところが、その一方で占い、風水、神社参拝、験担ぎを大切にする経営者は珍しくない。オフィスの方角を気にしたり、会社設立日を選んだり、重要な契約前に神社へ行ったりする。
合理的に成功した人間が、なぜ最後に「運」を気にするのか。ここを単純に「迷信好き」で片付けると、少し見落とすものがある。

経営には、正解が出ない瞬間がある
社員なら「上司に確認する」という逃げ道がある。しかし社長は、最後には自分で決めなければならない。
新店舗を出すのか。撤退するのか。数千万円を投資するのか。新しい取引先を信用するのか。データを集めても、未来そのものは誰にも分からない。
しかも経営判断は、「Aが60%、Bが40%」程度の微妙な差で決めなければならないことも多い。ここまで来ると、合理性だけでは最後の一押しが足りなくなる。
そこで「今日は日がいい」「この方角がいい」「神社で祈願したから行こう」といった要素が、決断のスイッチとして機能する。
占いは未来予知より「決断装置」なのかもしれない
占い師に会社の未来を正確に予測する能力がある、という科学的な証拠はない。それでも経営者が相談する意味まで完全にゼロとは言い切れない。
誰かに話すことで、自分が何を恐れているのかが整理される。「やるべきでしょうか」と質問した瞬間、実は本人の中では答えが半分決まっている場合もある。
つまり占いが未来を当てているというより、経営者自身の迷いを言語化する装置になっている可能性がある。

風水には「普通に効果がありそうな部分」も混じっている
風水の中には、玄関をきれいにする、不要な物を処分する、採光を良くする、空気を入れ替える、といった教えもある。
これらを「金運が上がる」と説明すると急に怪しく聞こえるが、整理された職場が仕事をしやすいこと自体は、それほど不思議ではない。
たとえば散らかった事務所を片付ければ、書類を探す時間が減る。来客の印象も変わる。スタッフの気分も多少は違うだろう。
結果として売上が上がった場合、本人は「風水が効いた」と感じる。しかし実際には、風水をきっかけに現実の行動が変化した可能性もある。
成功すると「運」を無視できなくなる
成功者ほど、自分の実力だけでは説明できない出来事を経験している場合がある。
偶然いい取引先に出会った。たまたま競合が撤退した。発売時期が市場の波にピタリとはまった。逆に、完璧に準備した事業が予想外の事故で失敗することもある。
成功と失敗を何度も経験すると、「努力だけでは説明できない何か」を意識し始める。その正体を「運」と呼ぶのは、それほど不自然でもない。

ただし「風水で金持ちになった」は話が逆かもしれない
ここで一つ、かなり重要な問題がある。
有名経営者が高額な風水師を雇っていると聞くと、「やはり成功者は風水を使っている」と考えたくなる。しかし因果関係は逆かもしれない。
風水に大金を使ったから成功したのではなく、成功して金があるから風水にも大金を使える。
フェラーリに乗っている人に金持ちが多いからといって、フェラーリを買えば金持ちになれるわけではない。それと似た話だ。
最大の効能は「迷いを減らすこと」なのか
経営者が神社へ行き、お守りを持ち、風水を取り入れる。それで未来が変化するかどうかは検証が難しい。
しかし、「ここまでやった。あとは行くしかない」と本人が腹を決められるなら、心理的な効果はあり得る。
経営では、決断したあとに延々と迷い続けることもコストになる。そこで験担ぎによって迷いを切れるなら、経営者本人にとっては十分に意味がある。
結局、成功した経営者ほど占い・風水・神社に近づく現象は、単純な迷信というより、不確実な世界で決断し続ける人間が「運」を管理したくなる心理として見ると分かりやすい。

結局、成功者は「運」を捨てきれない
占いが未来を当て、風水が金を生み、神社参拝だけで会社が伸びるなら、経営学そのものが不要になる。しかし現実は当然そこまで単純ではない。
一方で、風水をきっかけに掃除する。神社へ行って気持ちを切り替える。占いを利用して迷っているポイントを整理する。そうした間接的な効能なら十分に考えられる。
だから見るべきなのは、「風水は本当に効くのか」だけではない。
成功者はなぜ、成功したあともなお運を怖がるのか。
むしろ、そこに経営という仕事の厄介さが表れているのかもしれない。
【編集者が思うこと】
トップに立つほど、本音で「どうすりゃいい?」と聞ける相手はいなくなるのかもしれない。部下に弱音も吐けないし、最後に決めるのは自分。そうなると何百年も続く占いや風水、神社に頼りたくなるのも、ちょっと分かる。偉くなるほど孤独なら、人は最後に「運」へ相談するのかも。
