【特別編】偽白バイはヤマハ350R1だった!――三億円事件を旧車から追う

【特別編】偽白バイはヤマハ350R1だった!――三億円事件を旧車から追う

三億円事件の偽白バイは、実はヤマハの350ccスポーツバイクだった。

1968年12月10日、東京・府中で約3億円を奪った男が現場に残したのは、白く塗られたヤマハスポーツ350R1。しかも、赤色灯に見せかけたランプや、白いクッキー缶まで付けた手作りの偽装車両だった。

ところが、この350R1を調べて驚いた。1967年発売、空冷2ストローク2気筒、348cc、36馬力。最高速度はメーカー公表173km/h。立派な快速スポーツモデルではないか。

そんな高性能バイクを、なぜ粗雑な白バイ風の改造車にしてしまったのか? そして、その出来栄えはどの程度だったのか?

今回は犯人探しから少し離れ、旧車好きの目で偽白バイの正体と改造部品を追ってみた。

ベース車は1967年発売、36馬力のスポーツモデル

ヤマハ発動機の公式歴史車両資料によれば、350R1は同社が当時販売した最大排気量のスポーツモデルだった。

項目 ヤマハ350R1
発売年 1967年
エンジン 空冷2ストローク並列2気筒
排気量 348cc
最高出力 36PS/7,000rpm
最大トルク 3.8kgf・m/6,500rpm
変速機 5速
車重 170kg
最高速度 173km/h(メーカー公表)
当時価格 228,000円

ここで最高出力を車重で割ってみると、36PS÷0.170トン=約212PS/トン。これは標準車の公表値を使った参考計算で、乗員や追加装備などを含む実走行時の出力重量比ではない。もちろん、偽白バイに改造された後の数値でもない。

ヤマハは0~400m加速13.8秒とも公表していた。つまり350R1は、決して見かけだけのバイクではなかった。

なのに犯人は、この快速車を白く塗り、警察車両に化けさせた。実にもったいない改造である。

本物はホンダ、偽物はヤマハ。しかも2ストだった

では、本物の白バイとはどこが違ったのか。

長野県警の公式白バイ史には、昭和38年ごろからホンダ305、昭和43年からホンダCB350が登場する。新潟県警の資料では、ホンダ305の型式はCP77と確認できる。

ただし、これは各県警の歴史資料であり、1968年の警視庁に配備されていた全車両を示すものではない。二輪文化を伝える会も、当時の警視庁で使われていたホンダの4ストローク車と、偽白バイに使われたヤマハ350R1の違いを取り上げている。

350R1は2ストロークのスポーツ車。一方、比較対象となるホンダ305やCB350は4ストローク車で、車体やエンジンの特徴が異なる。

旧車好きなら、エンジン音や排気管、燃料タンクの形で違和感を覚えた可能性はある。

ただし、白バイが歴史を通じてすべて4ストロークだったわけではない。 長野県警の歴史資料には、昭和47年以降のスズキGT750という2ストローク車も登場している。

問題は2ストだから絶対に偽物ということではなく、事件当時の警視庁の白バイと、メーカーや車体構造が異なっていたことだ。

昭和42年の町工場をイメージした劇画。整備士が青いヤマハスポーツ350R1風のバイクを点検している
1967年発売のヤマハスポーツ350R1をイメージしたAI生成イラスト。車体の基本構造や当時の整備工場を参考にした創作画で、塗装色、エンジン、装備品などの細部は実車と完全には一致しません。

クッキー缶とメガホン!? 改造の仕上がりはかなり雑だった

偽白バイの写真や捜査に関する報道を調べると、改造は専門の警察車両に見せるための精密なレプリカ製作とは言い難い。

もともと青かった車体は白く塗られ、赤色灯に見立てたランプ、トランジスタメガホン、白く塗られたクッキー缶などが取り付けられていたと伝えられている。

本物の警察用装備を忠実に再現したというより、日用品や既製品を警察車両らしく見せたものだった。

では、どこで部品を入手したのか。

ベース車の350R1は、1968年11月19日夜から20日ごろに日野市平山団地で盗まれた車両と報じられている。12月10日の事件までは約20~21日だ。

装着されたメガホンについては盗品だったとする後年の事件資料があり、当時の捜査では製品の流通経路も調べられたとされる。ただし、元の被害届や、個々の装備を誰がどの店から入手したのかについて、すべてを裏付ける資料までは確認できなかった。

重要なのは、見た目の完成度よりも、白バイ警官が来たと相手に思わせられるかどうかだった可能性だ。

ただし、それが犯人の狙いだったとする設計メモが残っているわけではない。あくまで車両の仕上がりと犯行状況からの推測である。

新聞紙の切れ端と指紋――改造車は証拠の宝庫だった

この車両で、俺が一番引っかかったのは塗装跡だ。

2022年の文春オンラインの記事では、偽白バイのトランジスタメガホンに付着していた紙片が、1968年12月6日付の産経新聞の一部だったことが紹介されている。

フジテレビの事件年表によると、この新聞紙片が発見されたのは1970年12月。事件から約2年後だった。

しかし、購読先をたどるための新聞販売店の順路帳は、すでに廃棄されていたという。せっかくの日付入りの手掛かりが、持ち主の特定には結び付かなかった。

さらに2018年の共同通信の取材では、当時の元捜査員が、偽白バイの塗装の乾き具合を確認した際に付いたとみられる指紋について語っている。

元捜査員は、この指紋に絞って調べるべきだと主張したが、受け入れられなかったことを悔やんでいた。

もちろん、その指紋が犯人のものだったとは限らない。改造した人物と実際に現金を奪った人物が同一だったかどうかも、確定していない。

しかし、車体には少なくとも、人が塗装作業をした痕跡や部品の出所につながり得る手掛かりが存在していた。

偽白バイの工作精度は低くても、捜査資料としての価値まで低かったわけではない。

昭和43年の鑑識室をイメージした劇画。鑑識員が白く塗られたヤマハ350R1風の偽白バイの前輪フェンダーを調べている
三億円事件の偽白バイと昭和43年の鑑識作業をイメージしたAI生成イラスト。車両の装備・塗装・人物・作業場所は創作を含み、実際の押収車両や鑑識記録を忠実に再現したものではありません。描かれたフェンダーから指紋が発見されたことを示す画像ではありません。

もしホンダの車両を使っていたら、成功率は違った?

実は、犯人側が当初ホンダ製のバイクを用意したものの、調子が悪く、ヤマハ350R1へ変更したという説もある。

二輪史を調べる専門家の記事にも登場する話だが、今回確認した資料では、車両を変更した理由を示す捜査原本までは追えなかった。

だから「本物の白バイに近いホンダを選ぶつもりだった」とまでは断定できない。

ただ、もし同時代の警察用ホンダ車に近い車体だったなら、エンジンや車体の違和感は減ったかもしれない。一方、犯行が成功したかどうかは、車両の外観だけでは説明できない。

相手が白バイの型式を見分けなかったこと、警察官を名乗る人物の指示を信じたこと、そして短時間の出来事だったことも関係するだろう。

ヤマハの快速スポーツ車を、クッキー缶まで使って白バイに見せた。出来栄えとしては粗雑。それでも現金輸送車の乗員を欺くには足りてしまった。

この事件の偽白バイは、精巧なレプリカではなく、相手の判断に依存する偽装だったと考えるのが、資料から見て最も無理が少ない。

【編集者が思うこと】

正直、俺は偽白バイのことを、古い実用バイクを白く塗っただけの代物だと思っていた。

ところがベースが350R1とはね。36馬力、最高173km/h。1967年なら相当な快速車だ。それをクッキー缶やメガホンで白バイ風にするとは、旧車好きとしては何とも複雑な気分になる。

しかも、塗装した車体に指紋が残り、新聞紙の切れ端まで見つかっている。そんな手掛かりがあったのに、結局事件は未解決。

ここがどうにももったいない。

犯人がバイクに詳しかったのか、素人だったのかも気になるが、それ以上に、捜査する側はこの改造車をどこまで徹底的に調べたのだろう。

高性能な350R1が、粗雑な偽白バイになって、昭和最大級の未解決事件の象徴になってしまった。

旧車にはいろいろな歴史があるが、これは何とも後味の悪い一台だ。

三億円事件・全4回

事件5日後に死亡した警察官の息子、消えた現金と焼却説、偽白バイと逃走車両、そして警察の捜査と隠蔽疑惑。4つの視点から昭和の未解決事件を検証します。

参考資料

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