八月十五日。テレビでは「終戦の日」と繰り返し、政治家が靖国神社に行った、行かなかったで毎年のように騒いでいる。
だが俺には、もっと単純な話に見える。
日本人なら、一度くらい靖国神社で手を合わせたらどうなんだ。
別に戦争を賛美しろと言っているんじゃない。 軍国主義に戻れとも言っていない。
そこに眠るのは、教科書の中の数字ではない。
父親がいた。 息子がいた。 夫がいた。 まだ二十歳そこそこの若者もいた。
今の俺たちが、冷房の効いた部屋でスマホをいじり、「戦争なんてくだらない」と安全地帯から評論できる日本になる遥か以前に、その時代を生き、その時代の命令に従い、帰ってこなかった人間たちだ。
ところが靖国という名前を聞いただけで、
「政治的だから」 「右っぽいから」 「中国や韓国が怒るから」
と、急に腰が引ける日本人がいる。
だったら聞きたい。
外国がどう思うかより先に、日本人自身が日本の死者をどう思うかを考えたことはあるのか。
参拝したら右翼。 国旗を掲げたら右翼。 君が代を歌ったら右翼。 靖国で頭を下げたら右翼。
そんな馬鹿げた空気を何十年も続けてきた結果、日本では「自分の国を大切にする」という当たり前の感情まで、どこか後ろめたいものになった。
俺はそれが気に入らない。
靖国に行ったから偉いわけじゃない。 行かなかったから犯罪者になるわけでもない。
そんなことは分かっている。
だが、自分が日本人でありながら、日本という国がどういう犠牲の上に現在まで続いてきたのか一度も考えず、「俺には関係ない」で済ませる態度を見ると、正直こう言いたくなる。
お前、それで本当に日本人として何を受け継ぐつもりなんだ。
愛国心とは、政治家を盲目的に応援することではない。 戦争を肯定することでもない。
自分が生まれた国の歴史を知り、先に生きた人間を忘れないことだ。
だから俺は靖国へ行く。
頭を下げる。
そして「ありがとうございました」と言う。
それすら「右翼だから嫌だ」と笑う人間がいるなら、好きに笑えばいい。
ただ俺は、先人に手を合わせる人間より、自分の国の過去に背を向けながら愛国心だけを馬鹿にする人間のほうが、よほど格好悪いと思っている。
「非国民」という言葉は乱暴だ。
それでも八月十五日くらい、その乱暴な言葉が頭をよぎるほど、俺はこう思う。
日本人よ。靖国くらい、一度は自分の足で行ってみろ。
誰かに命令されたからではない。
右翼だからでもない。
日本という国に生まれた人間として、一度くらい自分の歴史と真正面から向き合うためにだ。
【管理者が思うこと】
過去に3回、訪問した。特別に熱心な気持ちで参拝したわけではないが、訪れることで母国・日本に対する愛国心を少し感じるようになった。博物館も良かった。