80年代のアメ車はなぜスーパーカーに改造された?――CarraloとTojanという怪車

1980年代のシボレー・カマロとポンティアック・ファイヤーバード/トランザム。角張ったボディにV8、長いノーズというだけでも十分に濃い時代のアメ車だが、アメリカにはそれをさらに別のスーパーカーへ作り替え、そのまま商品として売ってしまった会社があった。

その名はネブラスカ州オマハのKnudsen Automotive(クヌーセン・オートモーティブ)。カマロからCarralo(キャラーロ)、ファイヤーバード/トランザムからTojan(トージャン)を生み出した。現代の感覚では怪しげな「改造車」に見えるが、実態はもう少し複雑である。

カマロを残しながら、カマロではなくしたCarralo

Carraloは3代目カマロをベースに、FRP製の外装や独自の内装、ホイールなどを与えた少量生産車だった。IROC-Zをベースとする個体も確認されている。生産数については97台とする所有者資料と、100台とするオークション資料があり、「100台前後しか作られなかった極少量生産車」と考えるのが安全だろう。

ポイントは、単にエアロパーツを付けただけではないことだ。低いフロントノーズ、大きく張り出したフェンダー、専用リアまわりなどによって、カマロの骨格を使いながら、当時のエキゾチックカーを思わせる姿へ大きく作り替えていた。


3代目シボレー・カマロとCarraloを比較したAI生成イメージ
Carraloへの変化を分かりやすく示したAI生成イメージ。実車写真ではなく、細部形状は簡略化している。

Tojanはさらに本気だった

兄弟車ともいえるTojanは、3代目ファイヤーバード/トランザムがベース。元GMデザイナーで初期Hot Wheelsにも関わったHarry Bentley Bradleyがスタイリングを担当した。Knudsenでは車体中央部やフロアなどを残し、ボンネット、フェンダー、前後外装などを大幅に作り替えている。

つまり、「トランザムに派手なエアロを付けた車」ではなく、トランザムを素材に別の車を造ったと考えた方が近い。

GMはこの計画を支援し、一部のPontiacディーラーでは通常のFirebirdと並んで販売された。Knudsenから直接販売された車両も多く、仕様はかなり自由。巨大なリアウイング、Recaroシート、デジタルメーター、エンジンの強化など、同じTojanでも内容が違った。ただしGMの工場で生産された純正グレードではなく、Knudsenが新車を改装して仕上げるコンバージョンカーである。


3代目トランザムをベースにTojanへ改装する工程のAI生成イメージ
Knudsen Automotiveによる実際の工場写真ではなく、車体中央部を残して新しい外装を組み付ける工程を表現したAI生成イメージ。

「331km/hのポンティアック」は全車ではない

Tojanには、しばしば「フェラーリF40より先に200mphを超えたアメリカ車」という伝説が付いて回る。これは完全な作り話ではないが、注意が必要だ。

最初のプロトタイプには、ターボ技術で知られるGale Banksが手掛けた5.7L V8ツインターボが搭載され、高オクタン燃料では約900bhp、一般的なガソリンでも約800bhpとされた。そして206mph、約331km/hに達したと伝えられている。

ただしこれは公的機関による正式な速度記録ではなく、プロトタイプについて語られている非公式な記録である。Knudsen自身も206mphの走行を直接確認したわけではないとされる。しかも量産されたTojanの多くは5.0Lや5.7Lの通常型V8。800馬力級のBanks仕様が136台走り回っていたわけではない。


通常V8仕様とツインターボ仕様のTojanを比較したAI生成イメージ
通常仕様と高性能プロトタイプの違いを分かりやすく表現した概念図。車体やエンジン配置の細部は実車を完全再現したものではない。

なぜ80年代には、こんな車を売れたのか

KnudsenはTojan以前から、GM車を1930年代風の高級車へ改装する「Baroque」を製作していた。つまり同社の本業は、量産車を素材として別ジャンルの車を作るコーチビルダー/コンバージョンメーカーだった。

アメリカにはリムジン、コンバーチブル、カスタムバン、ネオクラシックカーなど、完成した量産車を別会社が改装して販売する文化が存在した。そこへ1980年代の「低い、広い、派手」というスーパーカーブームが重なった。

昨日までGM車を1930年代風にしていた会社が、今度は未来的なスーパーカーにした。CarraloとTojanは、80年代だから突然現れた珍車ではなく、アメリカに昔からあった改装車文化が80年代仕様へ進化した結果なのである。

そしてTojanは日本にも来ていた

では、日本ではどうだったのか。Carraloについては、今回確認できた資料では日本での新車販売実績を裏付ける確実な記録を確認できなかった。一方、Tojanは1990年の『美少女仮面ポワトリン』、さらに『特警ウインスペクター』の映像資料で1988年式Tojan GTとして確認されている。

少なくともバブル期の日本でTojanの実車が撮影に使用されていたことは分かる。ただし、これをもって「日本で正規販売されていた」とまでは言えない。撮影車両がどのようなルートで輸入されたのか、何台入ったのかも現在確認できる資料では不明である。


1990年前後の日本の街に停まるTojanを再現したAI生成イメージ
1990年前後の日本にTojanが存在した状況を表現したAI生成イメージ。実際の特撮撮影場所や撮影車両を再現したものではない。

日本ではいくらだったのか

ここも面白いが、数字を捏造してはいけない部分だ。Tojanは仕様によって価格差が大きく、資料では1984年当時の基本価格が約2万2000ドル、Banks製ツインターボを含む最高性能仕様では約6万2000ドルとされている。後者は当時のFerrari 308GTBと比較されるほどの金額だった。

一方、1990年前後の日本では通常のシボレー・カマロZ28が464万円。もしTojanを日本へ持ち込めば、本国価格に輸送、各種適合、登録、輸入業者の費用などが加わる。

「日本では○○○万円だった」という確実な当時広告は今回確認できなかった。したがって800万円や1000万円などと推定価格を断定するより、極少量生産の特殊な輸入車であり、本国でも通常のFボディより高価な存在だったことまでを確認事実として扱う方が資料には忠実である。

いま見ると奇妙、だからこそ80年代らしい

CarraloやTojanを現在のスーパーカーと性能や完成度だけで比較すれば、不利なのは当然だ。量産メーカーが大規模な開発を行った車とは成り立ちが違う。

しかし、「カマロやトランザムを買って、フェラーリでもランボルギーニでもない自分だけのスーパーカーにする」という発想には、80年代アメリカ特有の勢いがある。合理的かどうかではなく、欲しい物がなければ作って売る。その結果生まれた100台前後のCarraloと136台のTojanは、アメ車史の本流から少し外れた場所に残された、かなり濃い時代の化石なのである。

【編集者が思うこと】

俺はこういう車を見ると、「元のカマロやトランザムのままで十分カッコいいだろ」と思う反面、妙に惹かれてしまう。今ならメーカーが何年もかけて市場調査して、会議を重ねて、最後は無難な形に落ち着く。でもCarraloやTojanには、「こんなの作ったら面白くないか?」を本当に商品にしてしまった匂いがある。カッコいいか、やり過ぎかは別として、この無駄な本気こそ80年代だったのかもしれない。

参考資料

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