デ・トマソ・パンテーラはなぜフォードV8を積んだ? 1速が左下の伊米混血スーパーカー

デ・トマソ・パンテーラはなぜフォードV8を積んだ? 1速が左下の伊米混血スーパーカー

昭和のスーパーカーブームを知る世代なら、デ・トマソ・パンテーラは少々妙な立ち位置のクルマだった。低く尖ったウェッジシェイプ、ミッドシップ、イタリア・モデナ生まれ。どう見てもフェラーリやランボルギーニの仲間なのに、背中に載っているのはフォード製351 Cleveland、約5.8LのOHV V8である。

しかも5速MTはドイツZF製で、1速は普通のHパターンとは違う「左下」。ではパンテーラとは、あり合わせの部品で安く作った“なんちゃってスーパーカー”だったのか。調べてみると、むしろ逆だった。これはフォードの量産力を使って、本物のミッドシップ・スーパーカーを現実的な商品にしようとした、かなり本気の量産化プロジェクトだった。

フォードV8を積んだのは、単なるケチではない

パンテーラは1970年に姿を現し、米国では1971年から販売された。デザインはギアにいたアメリカ人トム・ジャーダ、車体開発にはジャンパオロ・ダラーラが関わり、先代マングスタのバックボーン式からスチール製モノコックへ変更。そこへフォード351 Cleveland V8とZF製5速トランスアクスルを組み合わせた。

フォードは1969年からデ・トマソ側との協力関係を深め、1970年にはギアやヴィニャーレにも資本参加している。そしてパンテーラは米国で、約200店の選ばれたLincoln-Mercury系ディーラーから販売された。つまり近所のフォード系販売店へ行くと、でかいアメリカ車に交じってイタリア製ミッドシップが置いてある。今考えても相当に変な光景である。


1971年前後の米国Lincoln-Mercury系ディーラーとデ・トマソ・パンテーラのイメージ
AI生成によるイメージ。パンテーラが米国のLincoln-Mercury系ディーラーで販売された史実を視覚化したもので、特定の店舗や車両個体を再現したものではありません。

価格は当時およそ1万ドル。1971年の『Car and Driver』は、従来なら2万5000ドル級のエキゾチックカーに期待するような刺激と性能を、約1万ドルで持ってきたこと自体をパンテーラの大きな特徴としていた。大量生産されるフォードV8を使ったのは「安物だから」ではなく、価格、部品供給、整備性、量産性まで含めてスーパーカーを商品化するためと見るほうが筋が通る。

量産エンジンでも、走りはスーパーカーだった

初期パンテーラの馬力は資料によって310hp、330PS級など表記が揺れる。年式、市場仕様、測定基準が混ざるため、ここは一つの数字で全車を括らないほうがいい。1971年8月の『Car and Driver』テスト車では351 Clevelandを310hp/5400rpmとしている。

その実測値が面白い。車重3123lb、約1417kgで、0-60mph(約96km/h)は5.5秒、1/4マイルは14.0秒。1971年の市販車としては文句なく速い。「エンジンがマスタングにも使われるフォード製だからスーパーカーではない」という理屈は、走らせてしまうとかなり苦しくなる。


デ・トマソ・パンテーラの351 Cleveland V8とZFトランスアクスル配置イメージ
AI生成による主要構造のイメージ。351 Cleveland V8とZF製5速トランスアクスルの基本配置を視覚化したもので、配管・補機・ホイールなどの細部は実車の設計図を完全再現したものではありません。実車の冷却水管は前方ラジエーターから車体中央のトンネルを通ってエンジンへ接続されます。

そして問題の「1速は左下」である

パンテーラのZF製5速は、いわゆるドッグレッグ式。1速が左下へ独立し、2速と3速、4速と5速をそれぞれ縦方向へ並べる。主に発進時に使う1速を脇へ追い出し、走行中によく使う2→3を一直線に操作しやすくする、競技車的な発想だ。

理屈だけなら格好いい。問題は実際の操作である。運転席から後方のトランスアクスルをリンケージで動かし、その上にはいかにもスーパーカーらしい金属製のシフトゲートが載る。『Car and Driver』の初期型試乗でも、ゲートのおかげで入れる場所は分かるものの、実際にはシフトが引っ掛かる場面が指摘されていた。

ただし、ここで「ZFが安物だった」と考えると逆である。同誌によれば、このZFはエンジンの2倍以上のコストが掛かるほど高価で、当時は供給量までパンテーラ生産の足かせになっていた。つまり、量産フォードV8に高価なドイツ製トランスアクスルをつなぎ、それをイタリア製ボディへ押し込んでいた。国籍どころか金の掛け方までバラバラなのである。


デ・トマソ・パンテーラのゲート式5速シフトとリモートリンケージのイメージ
AI生成によるシフト機構のイメージ。実車は1速を左下に置くドッグレッグ式で、後方のZFへリモート式リンケージで操作を伝えます。ゲート、計器、コンソール、リンケージ各部の形状や寸法は実車の設計図を完全再現したものではありません。

シフトは面倒なのに、あまりシフトしなくても走れる

ここにパンテーラらしい妙なオチがある。徳大寺有恒氏が1979年当時にパンテーラGTSを試乗した記録では、5.8L V8は低速トルクが太く、少し動いてしまえば3速どころか4速でも走れるほど扱いやすかったという。

シフト機構にはクセがあるのに、アメリカンV8のおかげで頻繁にシフトしなくても済む。高回転型のイタリア製専用エンジンではなく、大排気量OHVを積んだことが、逆に街中での神経質さを減らしていたのである。

パンテーラは「混血」だから面白い

フォードによる米国輸入は1974年末で終了したが、パンテーラそのものはそこで消えなかった。デ・トマソは改良を続け、1993年まで生産。現在のデ・トマソ公式も累計を7000台超としており、少量生産スーパーカーとしてはかなりの長寿だった。

純粋なイタリアン・エキゾチックではない。純粋なアメリカン・マッスルでもない。アメリカ人がイタリアで線を引き、ダラーラがまとめ、フォードのV8を積み、ドイツZFへつないで、米国のLincoln-Mercuryで売った。

パンテーラの魅力は「雑種なのに速い」ことではない。雑種だからこそ、ほかのスーパーカーにはない性格になったことだ。あのV8の低い鼓動を背中で聞きながら、左下の1速を探して金属ゲートを動かす。それはフェラーリにもマスタングにもない、パンテーラだけの世界だった。

【編集者が思うこと】

俺が最初に引っかかったのは、「イタリアのスーパーカーなのに、なんでフォードのエンジンなんだよ」である。昔なら専用DOHCやV12のほうが偉そうに見えた。でも調べるほど、パンテーラはそこがいいと思えてきた。5.8Lのアメ車V8を背中に積み、ミッションだけ妙に高価なZF。そして1速は左下。理屈で綺麗にまとめたクルマではない。その継ぎはぎの部分が全部見えるから、今見ても妙に生々しい。完成度だけで名車が決まるなら、昭和のスーパーカーはここまで面白くない。

参考資料

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