結婚すれば5,000万円!? クヒオ大佐はなぜ女性から大金を引き出せたのか【第2回】

結婚すれば5,000万円!? クヒオ大佐はなぜ女性から大金を引き出せたのか【第2回】

「私と結婚すれば、米軍から5,000万円の結婚支度金が出る」

そんな話を持ちかけられたら、まず米軍の経理担当者に電話したくなる。ところが、この途方もない金額が、実在の結婚詐欺師「クヒオ大佐」を題材にした映画の宣伝文句に登場する。

前回は、英国王室の親戚、ハワイ王族の末裔、米軍戦闘機パイロットという、全部盛りの経歴を検証した。

今回は金だ。出版社の紹介では、女性たちから得た金額は推定約1億円。だが、ここで妙な疑問が湧く。

結婚すれば大金がもらえるはずなのに、なぜ結婚前の女性が大金を出す側になってしまったのか?

この逆転現象を、事件報道、映画資料、米軍の公式制度から調べてみた。

昭和の室内で軍服姿の自称大佐が黒電話を使い、女性がその様子を見守る劇画イラスト戦闘機から電話しているように装ったという報道をもとにしたAI生成イメージ。人物・室内・戦闘機模型は創作であり、実際の通話場面や使用機材の再現ではありません。

まず「5,000万円」と「1億円」は、まったく違う数字だ

2009年公開の映画『クヒオ大佐』の紹介資料には、米軍から5,000万円の結婚支度金が出るという話が登場する。映画は実在の事件を題材にした創作で、この金額を本人がすべての相手に語ったと確認できるわけではない。

一方、原作書籍を刊行した幻冬舎は、クヒオ大佐が女性たちから得た金額を推定総額1億円と紹介している。

5,000万円を2倍すると1億円。数字だけなら、結婚祝い金2回分である。

ところが、そう計算して事件の内訳を推定するのは間違いだ。

数字 何を意味するか 資料上の位置づけ
5,000万円 結婚すれば受け取れるという約束 映画紹介に登場する金額
約1億円 女性たちから得たとされる推定総額 出版社による紹介
裁判で認定された額 立証された個別事件の被害額 今回、原判決を確認できず

約束した金額と、実際に奪った金額と、裁判所が認定した金額は別物なのだ。

被害者の人数も、個々の支払額も、今回確認した資料から完全には復元できない。推定1億円を人数で割って「1人平均いくら」と出すのも、今の段階では無理がある。

米軍に「結婚するだけで5,000万円」という制度はあるのか

ここは当時の噂話ではなく、米国防総省が運営する「Military OneSource」の公式情報と突き合わせた。

米軍人の配偶者には、健康保険、軍施設の利用、住宅関連の支援、就職・教育支援などの制度がある。正式な配偶者として登録する手続きも用意されている。

しかし、公式案内では、軍人と結婚しただけで配偶者本人に給与や一律の手当が支給される制度はないと説明している。

結婚によって利用できる福利厚生と、結婚祝い金として現金5,000万円が振り込まれる話は、まるで違う。

現在の案内だけで1970~90年代の全規則を否定することはできない。だが、確認できた公式制度には、そのような巨額の一括支給を裏付けるものがない。

制度の説明を読むほど、むしろ「そんな支給を誰が決裁するのか」と聞きたくなる。

昭和の室内で女性が家計簿と封筒を見つめ、背後には軍服姿の男性が立つ劇画イラスト結婚詐欺における金銭的な迷いを表現したAI生成イメージ。実際の被害女性や事件現場を再現したものではありません。

戦闘機から電話? 大佐の小道具は昭和の特撮並み

金額だけでなく、クヒオ大佐は自分を本物らしく見せる演出でも知られていた。

2015年の『日刊ゲンダイ』は、彼が女性に電話をかけ、飛行中のファントム戦闘機から話しているように装ったと紹介している。

『週刊新潮』の記事にも、金髪、整形で高くした鼻、米軍の大佐という自称とともに、独特の舞台設定や小道具についての記述がある。

本当に飛行中の軍用機から電話したという証拠ではない。あくまで、そう思わせようとしたと報じられているのだ。

普通の履歴書なら、勤務先と在籍歴を照会されれば終わる。しかし恋愛相手の前で演じられる軍人像には、書類だけではない雰囲気が伴う。

とはいえ、どの小道具が、どの女性の信用をどれだけ高めたのかまでは分からない。演出が存在したことと、その演出が成功した理由を証明することは別である。

1984年に逮捕、逮捕歴10回との報道も

クヒオ大佐について『日刊ゲンダイ』は2015年の記事で、1984年に逮捕された結婚詐欺師と紹介している。

さらに同紙の2016年の取材連載では、逮捕歴10回という数字が登場する。

ただし、10回それぞれの逮捕記録や起訴内容、裁判結果を今回すべて確認できたわけではない。逮捕回数と有罪判決の回数も同じではない。

つまり「推定1億円、逮捕歴10回」という刺激的な紹介文は成り立っても、そこから1回当たりの被害額や本人の詐欺成功率を計算することはできない。

ここでも、派手な数字だけを並べると事件の実態を見誤る。

5,000万円を語る大佐が、3,900円を高いと言った?

もっとも、金銭感覚の妙な話は後年にも出てくる。

2016年7月、『日刊ゲンダイ』は「伝説の詐欺師クヒオ大佐との20日間」という5回連載を掲載した。

そこに登場するのは、「アーサー・ウィンストン」と名乗り、クヒオ大佐と同一人物と報じられた男性である。

連載第3回の見出しは、ホテルの3,900円のビュッフェを高いと言ったというものだった。高級ホテルを常宿にしているという話との落差が何とも大きい。

ただし、これは1980年代の事件記録ではなく、後年の遭遇取材である。また、男性と過去の事件の当事者について、公的な身元照合記録を今回確認できているわけではない。

それを踏まえても、「軍から巨額の結婚祝い金」という壮大な物語と、「3,900円は高い」という日常的な金銭感覚を並べると、奇妙な人物像が浮かんでくる。

クヒオ大佐は頭が良かったのか、それとも単に嘘が大きかったのか

詐欺で大金を得たと報じられたのだから、頭の切れる人物だったのではないか。

そう考えたくなるが、事件で金銭被害が発生したことは、知能や計画能力の高さを証明するものではない。経歴の矛盾も多く、逮捕歴が重なったとされることも無視できない。

一方で、常識外れの話を信じた側を、単に愚かだったと切り捨てるのも雑だ。相手を信用した理由も、金を用意した方法も、被害者ごとに異なるはずである。

この問題は昔話でもない。警察庁の2025年確定統計では、SNS型ロマンス詐欺の認知件数は5,645件、被害額は546.4億円だった。

単純に割ると1件当たり約968万円。ただし、これは統計上の総額を件数で割った値であり、典型的な被害額ではない。

現代のSNS型ロマンス詐欺とクヒオ大佐の結婚詐欺は、時代も接触手段も異なる。それでも、恋愛感情と将来への期待が金銭の判断に絡む問題は、形を変えて残っている。

恋愛に必要な信用と、金を渡すために必要な証拠。この二つは、同じではない。

【編集者が思うこと】

俺が一番不思議なのは、5,000万円をもらえるという話より、そんな話を信じて大金を用意できた人がいたという部分だ。

でも、冷静に考えると、金を持っている人が必ずしも人を見る目を持っているとは限らない。逆に、仕事ではバリバリ判断できる人でも、惚れた相手のことになると妙な理屈を通してしまうことがある。

クヒオ大佐が天才だったのかと聞かれれば、俺はまだ首をかしげる。金を騙し取ったとされる一方で、何度も逮捕されたというのだから、優秀な頭脳の証明とは言い難い。

それに、戦闘機から電話しているふりなんて、昭和の特撮番組の秘密基地じゃあるまいし。

ただ、恋愛というのは厄介だ。人間どころか、生き物の多くが繁殖相手を求める。理屈だけで割り切れないのも、生き物のサガなんだろう。

そして俺が最後まで納得できないのは、やっぱりここだ。結婚したら5,000万円もらえる大佐が、なぜ女性の金を必要としたのか。 この矛盾を疑えなくなるほど、恋は強烈なものなのかねえ。

次回の完結編では、映画化されたクヒオ大佐と、2016年、さらに2022年に報じられた人物を追う。あの壮大な嘘は、その後どうなったのか。

クヒオ大佐、その虚像を追う・全3回

英国王室とハワイ王族の血筋、米軍大佐という肩書、巨額の結婚祝い金。奇想天外な経歴の検証から詐欺事件の金の流れ、後年の目撃報道まで、3つの視点でクヒオ大佐の実像を追います。

参考資料

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