映画化されても懲りない!? 2022年、長野に現れた「クヒオ大佐」は本人だったのか【完結編】

映画化されても懲りない!? 2022年、長野に現れた「クヒオ大佐」は本人だったのか【完結編】

2009年、堺雅人主演の映画『クヒオ大佐』が公開された。英国王室の血筋、米軍戦闘機パイロット、巨額の結婚祝い金。そんなデタラメな経歴で女性を騙した、実在の日本人結婚詐欺師がモデルだった。

ところが、それで昔話になったわけではない。

2016年には「クヒオ大佐との20日間」という取材連載が登場。そして2022年3月9日、『日刊ゲンダイ』は長野県の女性と交際していた男性を、再びクヒオ大佐として報じた。

映画になっても、正体が知られても、まだ同じような話をしていたというのか?

しかも、今度の舞台は婚活アプリ。昭和のインチキ軍人が、令和の出会いの世界へ進出したかのような話である。

ただし本当に同一人物なのか、新しい詐欺事件だったのか。映画、2016年の証言、2022年の取材を分けて確認してみた。

映画から2022年まで、本当に13年間だったのか

まず、映画化からの時間を整理してみよう。

映画『クヒオ大佐』の公開日は2009年10月10日。配給元アスミック・エースの公式記録に残っている。

2022年3月9日の長野の報道までは、正確には12年4か月27日。西暦の差では13年だが、丸13年が経過したわけではない。

その間にクヒオ大佐は、映画だけでなく舞台にもなっていた。

年月 出来事 資料上の位置づけ
2009年10月 堺雅人主演の映画『クヒオ大佐』公開 映画会社の公式記録
2016年7月 「クヒオ大佐との20日間」全5回の取材連載 後年に接触した女性らの証言
2017年5~6月 宮沢りえ主演の舞台『クヒオ大佐の妻』上演 劇場の公式公演記録
2022年3月 長野県での婚活アプリを通じた交際を報道 女性の家族らへの取材

この表には大切な違いがある。映画と舞台は、確実に制作・上演された作品。2016年と2022年は、実在する男性についての取材報道だ。

映画で描かれた行動を、後年の男性が実際に行った事実として扱うことはできない。

映画監督は、なぜ「クヒオ大佐の妻」まで作ったのか

2009年の映画を監督した吉田大八は、2017年に舞台『クヒオ大佐の妻』を作・演出している。東京芸術劇場で5月19日から6月11日まで上演され、主演は宮沢りえだった。

吉田監督は2017年のインタビューで、クヒオ大佐に妻がいるらしいという話を宮沢にしたところ、彼女が強い関心を示したことが舞台制作のきっかけになったと語っている。

もっとも、これは実在の妻の身元や結婚歴が公式に確認されたという話ではない。舞台も創作作品だ。

ここで妙なのは、クヒオ大佐という題材が映画1本で終わらなかったこと。監督自身が、詐欺師の背後にある男女関係をもう一度作品にしたのである。

つまり、「伝説のクヒオ大佐」には、本人が作り上げた偽の経歴と、映画・舞台が生み出した人物像の二重構造がある。

ここを混同すると、どこまでが実話で、どこからが脚色なのか分からなくなる。

2016年、「アーサー・ウィンストン」と名乗る男が登場

『日刊ゲンダイ』は2016年7月4~8日、「伝説の詐欺師クヒオ大佐との20日間」という全5回の連載を掲載した。

登場するのは「アーサー・ウィンストン」と名乗る男性。女性が知人の紹介で出会い、軍人としての経歴を聞かされ、次第に疑問を抱くまでを追った内容だ。

報道では、米軍の特殊部隊パイロット、英国女王の親類という設定が再び登場する。

しかも、服装や写真だけではない。第4回では女性がインターネットで検索し、過去のクヒオ大佐に行き当たったことが紹介されている。

第5回の見出しには、英語で問い詰められた際に木箱の電話を取り出したという、何とも珍妙な行動まで登場する。

ただし、この連載は2016年に掲載されたもので、出会いや交際の出来事そのものがすべて2016年に起きたわけではない。また、公開されている本文には有料部分があるため、細部のすべてを独立して確認できるわけではない。

それでも、少なくとも「米軍人」「英国王室」「秘密めいた経歴」という設定が、後年の取材でも語られていたことは確認できる。

2022年、今度は「アーサー・ウィンストン・ジュニア」

2022年3月9日の『日刊ゲンダイ』は、長野県に住む30代男性の証言を報じた。

男性によれば、60代の母親が婚活アプリを通じて知り合った人物と約4か月交際し、再婚して東京へ移ると言い始めたという。

相手は「アーサー・ウィンストン・ジュニア」を名乗り、自分は50代だと説明していた。

ところが、その人物について記事は当時81歳のクヒオ大佐として紹介している。報道上の年齢と本人の自称を単純比較すれば、少なくとも20年以上の開きがある。

話の規模も相変わらずだった。家族の証言によると、結婚すればエリザベス女王から1億円の祝い金が出る、日本の皇室からも祝金がある、天皇皇后両陛下へ結婚の挨拶に行くなどと語ったという。

さらに運転手を兼ねる秘書のような男性を伴って訪れ、軍の機密任務に携わっていると説明。戦闘機の写真や、軍人らしさを演出する品物も見せたとされる。

もはや履歴書ではない。王室、軍隊、外交、宮中行事の全部盛りだ。

ただし、秘書の立場や軍歴の真偽も、家族の証言を超えて独自に確認されたものではない。

2016年と2022年、同じ男だと言えるのか

ここが今回、一番慎重に確認した部分である。

2022年の報道では、以前にクヒオ大佐とされる男性に遭遇した女性が、長野で撮影された男性の写真を見て同一人物だと証言した。

さらに、2016年の男性は「アーサー・ウィンストン」、2022年の男性は「アーサー・ウィンストン・ジュニア」。名前も非常によく似ている。

ここで両記事の内容を整理した。

比較項目 2016年の取材連載 2022年の長野報道
名乗った名前 アーサー・ウィンストン アーサー・ウィンストン・ジュニア
身分の説明 米軍パイロット、英国女王の親類など 軍の機密任務、王室・皇室との関係など
出会いの経路 知人を通じた紹介 婚活アプリを通じた接点
本人確認の根拠 当時の取材・写真など 家族の証言、過去の接触女性による写真確認
金銭被害 取材対象の個別被害額を確定できず 紹介された女性の金銭被害は確認されず

同じ名前の系統、似た肩書、同じような王室との関係。過去に遭遇した女性による写真確認もある。

これらは、両者が同一人物だという報道の根拠になる。

しかし、同じ設定を語っていること、写真を見た人が同一人物と証言したこと、そして公的記録で身元が確定したことは、それぞれ別である。

今回確認した公開資料には、本人の公的な身元照合結果や、2022年の長野の件について新たな詐欺罪の有罪判決を示す資料はなかった。

したがって「2022年にもクヒオ大佐本人が結婚詐欺で捕まった」とは書けない。正確には、同一人物とされる男性の交際が報じられた、というところまでだ。

伝説の大佐を止めたのは、軍の捜査官ではなく女友達だった

2022年の報道で印象的なのは、交際女性が相手を疑い始めたきっかけだ。

家族の証言によれば、女性が友人に「アーサー」の話をしたところ、友人がインターネットで調べ、クヒオ大佐の記事を見つけた。これが交際を考え直すきっかけになったという。

家族も軍服写真の階級章や説明の矛盾を疑っていた。取材に応じた息子は警察へ相談したと述べているが、記事で紹介された女性について金銭被害は確認されていない。

ここに、昔の結婚詐欺との違いがある。

本人が身分を偽る手段は変わっても、今は過去の報道や画像を個人が検索できる。今回の報道では、家族と友人による確認が重要な役割を果たした。

もちろん、インターネットの記事がすべて正しいとは限らない。それでも、恋愛関係の当事者だけで判断せず、外部の情報と照合することには意味がある。

警察庁も、SNS型ロマンス詐欺などへの不安を感じた場合、警察相談専用電話「#9110」などへの相談を案内している。

クヒオ大佐は天才か、アホか、それとも伝説なのか

さて、最初の疑問に戻ろう。

クヒオ大佐は、頭の良い詐欺師だったのか。

少なくとも、自称した経歴が整合的だったとは言い難い。映画化までされた人物と同じような名前や王室設定が後年の報道に登場するのだから、外から見れば何とも無理がある。

一方、実際に大きな金銭被害が報じられ、さらに後年にも似た人物像が語られたからといって、知能の高さや低さを測ることはできない。

そして、伝説になったのかという問いには、少し違う答えがある。

少なくとも大衆文化の題材としては、映画と舞台にまでなった人物である。 ただし、それは犯罪の巧妙さが証明されたという意味ではない。

クヒオ大佐の奇妙さは、本人が演じた外国人軍人像、作品の中で脚色された姿、後年の遭遇報道が重なって、一人の人物がどんどん現実離れして見えてしまうところにある。

結婚詐欺やロマンス詐欺は、きっと今後も形を変えて現れるだろう。ただし、恋愛そのものが悪いのではない。相手を好きになることと、相手の肩書や金銭の約束まで無条件に信じることは別だ。

【編集者が思うこと】

俺はクヒオ大佐を調べ始めたとき、こんな嘘を信じる人もいるんだな、と半ば呆れていた。

ところが完結編まで来ると、むしろ嘘の使い回しの方が気になって仕方ない。王室、軍人、機密任務、結婚祝い金。映画になって正体まで広まったはずなのに、2022年の報道にも似た話が出てくる。よくもまあ、そんな大風呂敷を広げられるものだ。

ただ、これを「天才詐欺師」と持ち上げるのも違うと思う。伝説と呼ばれているのは、嘘が見事だったからというより、あまりにデタラメなのに現実の事件として語り継がれているからじゃないのか。

それにしても、女王から1億円、天皇陛下に結婚の挨拶とは。俺ならその前に、普通の身分証明書を1枚見せてもらう。

結局、最後に引っかかったのはそこだ。人間は恋をする。年齢を重ねても恋をする。きっとそれは人間、いや生き物のサガだろう。だが、恋愛の話と金の話は、ちゃんと分けておきたい。

クヒオ大佐3部作は、これにて完結。もっとも、本人のその後については、今回確認できた資料だけで結末まで断定することはできない。

クヒオ大佐、その虚像を追う・全3回

英国王室とハワイ王族の血筋、米軍大佐という肩書、巨額の結婚祝い金。奇想天外な経歴の検証から詐欺事件の金の流れ、後年の目撃報道まで、3つの視点でクヒオ大佐の実像を追います。

参考資料

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