「父はハワイのカメハメハ大王の末裔。母はエリザベス女王の双子の妹。職業は米軍戦闘機パイロット。東大大学院で博士号も取った」
こんな履歴書を持ってこられたら、普通は面接室からお引き取り願うだろう。ところが、これに近い経歴を女性たちに語り、結婚詐欺事件を起こした日本人男性が実在した。
その名も「クヒオ大佐」。1984年の逮捕が報じられ、後に推定1億円規模の結婚詐欺師として知られるようになった人物だ。
英国王室、ハワイ王族、米軍大佐。肩書が豪華すぎて、もはや経歴というより福袋である。
しかし調べてみると、ただのデタラメでは終わらない。実在した王族にも「クヒオ」という名前があったのだ。
クヒオ大佐の自称経歴をイメージしたAI生成イラスト。実際の軍歴や王族との関係を示す記録画ではありません。
エリザベス女王の「双子の妹」は存在したのか
まずは母親の設定から片づけよう。
英国王室の公式記録によると、エリザベス2世は1926年4月21日生まれ。妹のマーガレット王女は1930年8月21日生まれである。
誕生日の差は、ぴったり4年4か月。双子どころか、同じ年に生まれてさえいない。
しかも王室公式の家族構成に、もう一人の隠された双子の妹を示す記録はない。本人の自称として報じられた「双子の妹」という設定は、出生日だけで破綻する。
ところが2009年公開の映画『クヒオ大佐』では、母方の関係が「女王の妹の夫のいとこ」になっている。ずいぶん遠くなったものだ。
ここは重要である。2015年の『日刊ゲンダイ』が紹介した本人の自称と、映画の宣伝資料では、親族関係が一致していない。映画は実際の事件を題材にした創作で、吉田大八監督も原作に脚色があると明言している。
設定が変わった理由までは確認できない。少なくとも、映画のセリフをそのまま本人の供述として扱うわけにはいかないのだ。
「クヒオ王子」は本当にいた。だが王朝が違う
次は父親の血筋だ。ここで意外な事実が見つかった。
ハワイには本当にジョナ・クヒオ・カラニアナオレ王子(1871~1922年)が存在した。ハワイ州の公式資料によると、1883年にカラカウア国王から王子の称号を与えられ、後に米国議会でハワイの代表を務めた人物である。
さらに驚くのは、この王子が1888年に日本政府の賓客として来日したことだ。米国下院の公式人物史によれば、カラカウア国王はクヒオ王子と日本の皇族との結婚を期待していたという。縁談は実現しなかったが、本物のクヒオ王子にも国際結婚の話があったわけだ。
ただし、ここに落とし穴がある。
カメハメハ大王の子孫が統治した時代は1872年まで。クヒオ王子が属したのは、1874年に即位したカラカウア国王につながる別の王朝である。
「実在したクヒオ王子」と「カメハメハ大王の末裔」は、そのまま同じ家系を意味するわけではない。
もっとも、王朝が異なることと、遠い血縁まで存在しないことは別問題だ。今回確認できた資料には、クヒオ大佐を名乗った日本人男性とハワイ王族との血縁を裏付けるものはなかった。
そして、この詐欺師が実在のクヒオ王子の経歴を参考にしたかどうかも分からない。名前と歴史の一致は興味深いが、それだけで本人の意図まで証明できるわけではない。
ハワイ王族の歴史と自称大佐の経歴を対比したAI生成イラスト。王族の肖像、軍服、航空機は史実の忠実な再現ではありません。
米軍大佐で東大博士。さらに結婚祝い金5,000万円
経歴の盛り方はまだ終わらない。
2015年の『日刊ゲンダイ』は、本人が米空軍のパイロットや東大大学院の博士号取得を吹聴していた一方、実際には北海道の職業訓練学校を出た日本人だったと紹介している。
また『週刊新潮』が紹介した自称には、横田基地の大佐で、英国情報部から米海軍へ派遣されたパイロットという、複数組織をまたぐ所属設定まで登場する。
では、こんな豪華な経歴の人物と結婚すると、何が起こるのか。
2009年の映画紹介資料には、「結婚すれば米軍から結婚支度金5,000万円」という口上が登場する。これは映画でも使われた設定であり、本人がすべての相手に同じ金額を語ったとまでは確認できない。
それでも5,000万円である。普通の結婚祝いとは桁が違う。
そこで米国防総省の公式案内を調べてみた。軍人の配偶者には医療保険、住宅関連制度、基地内施設の利用などの支援がある。だが、結婚した配偶者本人に給与や一律の現金手当が支給されるわけではない。
少なくとも現在の公式制度からは、結婚だけで5,000万円が一括支給される仕組みは確認できない。過去の全時期について制度が存在しなかったとまでは断定しないが、巨額の祝い金を信じる根拠にはならない。
こんな話を、なぜ信じてしまったのか
外から見れば、嘘はあまりにも大きい。英国王室の親戚で、ハワイ王族の血を引き、米軍大佐で東大博士。さらに結婚するだけで巨額の現金が転がり込む。
それなのに、原作を刊行した幻冬舎は推定被害総額を約1億円と紹介している。ただし、これは出版社が示す推定額であり、今回確認できた資料だけでは裁判所の認定被害額とは断定できない。
相手がなぜ信用したのか。金持ちに見えたからなのか、異国の軍人との恋愛に憧れたのか、それとも長く接するうちに疑いを持てなくなったのか。女性たちを一括りにする答えは見つからない。
それに、被害者が金を用意できたことは、経済力や借入手段の問題であって、嘘を信じた理由とは別だ。財産があることと、人を見る目があることは同義ではない。
成功しない詐欺師がこの人物から学ぶべきなのは、もっと派手な経歴を作る方法ではない。嘘を信じる人間がいる以上、自分の話を信じてもらえることと、その話が本当であることは、まったく別だという事実だ。
【編集者が思うこと】
俺が最初に引っかかったのは、どう考えても怪しい経歴なのに、実際に大金を動かす人がいたというところだ。米軍から5,000万円の結婚支度金なんて、もう宝くじじゃないか。
ただ、調べるほど「信じた人がお馬鹿だった」で片づけるのも違う気がしてきた。好きになった相手の話は、他人が聞くよりずっと本当らしく響くことがある。恋は人間のサガだし、理屈だけで相手を選べるなら、世の中の恋愛沙汰はもっと平和だろう。
それにしても、俺なら英国王室の双子設定より先に「大佐なのに、なんで結婚資金を女性側に頼るんだ?」と聞きたい。
次回は、その肝心の金を追う。米軍の結婚祝い金という大風呂敷が、実際の結婚詐欺事件とどう結びついたのかを検証する。
クヒオ大佐、その虚像を追う・全3回
英国王室とハワイ王族の血筋、米軍大佐という肩書、巨額の結婚祝い金。奇想天外な経歴の検証から詐欺事件の金の流れ、後年の目撃報道まで、3つの視点でクヒオ大佐の実像を追います。
- 第1回: 「母は女王の双子の妹」だと!? クヒオ大佐のデタラメすぎる経歴を本気で検証【第1回】
- 第2回: 準備中 公開予定
- 完結編: 準備中 公開予定
参考資料
- 日刊ゲンダイ(2015年10月1日)「クヒオ大佐(2009年 吉田大八監督)」 ― 1984年逮捕、本人の自称経歴。本文の一部は有料。
- デイリー新潮(2015年8月13日)「戦闘機パイロットのクヒオ大佐」を信じさせた結婚詐欺師の道化人生 ― 自称軍歴と人物像。
- 英国王室公式「Queen Elizabeth The Queen Mother」 ― エリザベス2世とマーガレット王女の生年月日。
- ハワイ州公文書館「Jonah Kūhiō Kalaniana‘ole Exhibition」 ― クヒオ王子の出自と王族としての経歴。
- 米国下院公式「KALANIANAʻOLE, Jonah Kuhio」 ― 1888年の訪日、日本皇族との縁談、議会活動。
- 米国国立公園局「Kamehameha Begins His Bid for Power」 ― カメハメハ王朝の統治年代。
- 米国防総省 Military OneSource「Getting Married in the Military」 ― 軍人配偶者向け制度。
- 幻冬舎『クヒオ大佐』吉田和正著 ― 推定被害額、原作書誌情報。
- INTRO(2009年9月24日)吉田大八監督インタビュー・映画紹介 ― 映画の脚色、映画版の親族設定と結婚支度金。
