デートカーなのに後輪まで曲げた!? 3代目プレリュード「8万円の機械式4WS」の正体【第3回】

デートカーなのに後輪まで曲げた!? 3代目プレリュード「8万円の機械式4WS」の正体【第3回】

1987年4月10日、ホンダの3代目プレリュードが発売された。さらに低くなったボンネット、流麗な2ドアボディ、そして2.0L DOHCエンジン。昭和のデートカーは、ますます洗練された。

しかし、このクルマで本当に驚くべきものは、助手席でもサンルーフでもなかった。

ハンドルを切ると、前輪だけでなく後輪まで曲がる「4WS」である。

しかもホンダの4WSは、車速を測る電子制御装置で後輪の向きを切り替える方式ではなかった。ギヤとシャフトを組み合わせた機械式だったのだ。

なぜデートカーに、そこまで本気の操舵技術を投入したのか。調べると、その研究はプレリュード誕生より前の1977年に始まっていた。


1987年型3代目ホンダ・プレリュードの低いボンネットと閉じたリトラクタブルヘッドライトを描いた昭和劇画イラスト
1987年型3代目プレリュードを題材にしたAI生成イラスト。バンパーやホイールなどの細部は実車と一部異なる。

4WSは「高速で同位相、低速で逆位相」ではなかった

4WSとは、前輪に加えて後輪の向きも変える4輪操舵のこと。後輪を前輪と同方向に向ける「同位相」と、反対方向に向ける「逆位相」を使い分ける。

一般には、高速走行で同位相、低速走行で逆位相と説明される。しかし、1987年のホンダ4WSでは少し事情が違った。

ホンダの公式技術解説によると、実際に後輪の向きを決めていたのは車速ではなく、ステアリングホイールの回転角度だった。

ハンドルを少し切ると後輪は同方向へ動き、大きく切ると反対方向へ動く。高速の車線変更では小さく、低速の車庫入れでは大きく切ることが多い。その運転操作の違いを利用した仕組みなのである。

では、どのくらいハンドルを回すと後輪の向きが変わるのか。ホンダの2023年公開技術資料を整理してみた。

ハンドル角 後輪の動き
約120度 同位相で最大約1.5度
約230度 後輪がいったん直進位置へ戻る
450度 逆位相で最大約5.3度

※ハンドル角は中立位置から片側へ回したステアリングホイールの角度。後輪の切れ角とは別の数値。ホンダ公式技術資料から独自整理。

つまり、小さく切ったときと大きく切ったときでは、同じクルマなのに後輪の向きが逆になる。

これは単なる小回り装置ではない。直進から車線変更へ移る際の応答性と、狭い場所での旋回性能を両立させようとした技術だった。

コンピューターではなく、ギヤとシャフトで後輪を逆方向へ曲げた

さらに妙なのが、その機構である。

ホンダ4WSでは前後にステアリングギヤボックスを設け、床下のセンターシャフトで機械的に連結した。後輪側には、偏心シャフトや遊星歯車を組み合わせたダブルクランク機構を採用している。

ハンドルの回転がシャフトを通じて後方へ伝わり、ギヤの複雑な動きを左右方向の動きに変換する。これにより、ハンドルを切り増す途中で後輪の操舵方向を反転させていた。

速度センサーの信号を電子制御装置で計算して、後輪の操舵方向を切り替える方式ではない。機械の形そのものに、後輪をどう曲げるかという制御特性を組み込んでいたわけだ。


3代目プレリュードの機械式4WSで、前後ステアリング機構をセンターシャフトで連結する考え方を示した簡略イラスト
機械式4WSの連結構造を概念的に示した簡略イラスト。実際のギヤ形状、車体構造、前後輪の切れ角を正確に再現した図ではない。

実際の前後ギヤボックスの構造や後輪操舵角については、ホンダ公式の4WS技術解説で確認できる。

その結果、ホンダの公式技術資料による最小回転半径は、通常の2輪操舵仕様が5.3m、4WS仕様は4.8m。

差は50cm。旋回半径では約9.4%の縮小である。

直径に置き換えると、10.6mから9.6mへ約1m小さくなる計算だ。もちろん実際に必要な駐車スペースは車体の張り出しや操作条件でも変わるが、小回り性能の違いは数字にも表れている。

世界初の技術が、たった8万円の追加装備だった

1987年4月9日のホンダ公式価格表を見ると、さらに意外な事実がある。

4WSは全車標準装備ではなく、2.0XXと2.0Siに設定された追加装備だった。価格は、なんと8万円高。

東京地区の5MT車では、2.0XXが182万円、DOHCの2.0Siが214万5,000円。4WSを付けると、それぞれ190万円、222万5,000円となる。

XXの場合、4WSの追加費用は車両本体価格の約4.4%。決して無視できる金額ではないが、前後のステアリング機構を連結する装備としては、なかなか興味深い価格設定だ。

ただし、どれだけの購入者が実際に4WSを選んだのか、装着率を示す信頼できる販売統計は今回確認できなかった。

したがって、3代目が人気だった理由を4WSだけに求めることはできない。

4WSの始まりは、ナンパではなく事故を避ける研究だった

ホンダの公式開発史を読むと、4WSの研究は1977年に始まっている。

当時、米国の交通安全当局が推進した実験安全車計画などを背景に、ホンダは事故を起こさないための「予防安全」を研究していた。

着目したのは、ハンドルを切ってからクルマが向きを変えるまでの応答の遅れ。前輪だけでなく後輪も操舵すれば、車両の進路変更をより素早く、安定して行えるのではないかと考えたのだ。

1978年には基本特許を出願し、1981年には初代アコードの前半分同士を接合した実験車まで製作。1986年10月に技術発表し、翌1987年、ようやく量産車のプレリュードに採用された。

約10年にわたる開発である。

なお、ホンダが「世界初」としたのは、4輪操舵という発想そのものではなく、ハンドルの切れ角に応じて同位相と逆位相を使い分ける舵角応動型4WSの量産車への採用である。

華やかなデートカーの裏側には、事故回避性能を追い求めた地道な研究があったのだ。


3代目ホンダ・プレリュードの車体を透視し、前後の車輪を機械的に操舵する4WS技術を象徴的に描いたAI生成イラスト
3代目プレリュードの機械式4WSを題材にしたAI生成イメージ。前後輪の操舵を機械的に連動させる考え方を表現した創作画で、実車のシャフト、ギヤボックス、サスペンションの形状や配置、操舵角とは異なる。正確な機構図ではない。

低ボンネットはさらに30mm下がり、DOHCは145PSに

もちろん、3代目の進化は4WSだけではない。

ホンダは2.0Lエンジンを全車に搭載。2.0SiにはDOHC16バルブとPGM-FI電子燃料噴射を採用し、最高出力145PSを発生させた。一方、2.0XX、XR、XLにはSOHC12バルブの110PSエンジンを用意している。

つまり3代目の全車がDOHCだったわけではない。

しかもDOHCそのものは、1985年に2代目へ追加された2.0Siから採用済み。当時の最高出力は160PSと発表されていたが、1987年の145PSはネット値である。測定条件を揃えず、単純に15PS低下したとは判断できない。

もうひとつ見逃せないのが、エンジンを後方へ18度傾けた搭載方法だ。

これによって吸排気系の効率を追求するとともに、ホンダはボンネット中央部を従来車より30mm低くした。

さらに前後ともダブルウイッシュボーンサスペンションを採用。車体全高は1,295mmに抑え、空気抵抗係数Cd値は0.34を公表している。

昭和のデートカーとは思えないほど、走る、曲がる、止まるための技術が詰め込まれていた。

歴代最多販売。しかし2代目との差は、わずか5.2%だった

最後に販売台数を確認しよう。

『CAR and DRIVER』が2025年に掲載した国内累計販売台数では、2代目は16万6,904台、3代目は17万5,634台。初代から5代目までのなかでは3代目が最多だった。

ところが両車の差を計算すると、8,730台。2代目比でわずか約5.2%増にとどまる。

2代目が初代の約4倍売れたのとは、ずいぶん違う。

3代目は、すでに人気を確立したプレリュードをさらに進化させ、国内販売のピークを更新したモデルだったといえる。

ただし、これは世代別の累計販売台数であり、4WS装着車だけの販売台数ではない。また、2025年に復活した6代目は、この歴代5世代の集計とは区別する必要がある。

4WSが何台の購入につながったかは分からない。それでも、プレリュードの先進性を象徴する技術だったことは間違いないだろう。

【編集者が思うこと】

しかし、俺は今回、4WSの8万円という価格に一番驚いた。

前後をシャフトでつなぎ、後輪まで曲げる。しかもハンドルを切る途中で、後輪が向きを変える。そんな機構を8万円の追加装備にしてしまう。ホンダの技術屋は、いったい何を考えていたのか。

さらに調べたら、出発点は1977年の予防安全研究だという。デートカーの助手席に誰を乗せるかなんて話より、事故を起こさず、クルマを思いどおりに曲げたいという技術者の執念が先にあったわけだ。

これが面白い。

世間はプレリュードを「モテるクルマ」として見ていた。でもホンダは、そのボディの下へ妙に硬派な技術を押し込んでいた。

俺には、プレリュードの本当の魅力はそこだったように思える。見た目はスマートで、やっていることは相当にマニアック。

もっとも、4WSが付いていたからモテたという話は、さすがに聞いたことがない。女の子に後輪の切れ角を説明しても、デートが盛り上がったかは怪しいものだ。

それでも、世界初の機構を積んだクルマで夜の街を走る。そんな少々無駄にも思える贅沢こそ、昭和のスペシャリティカーの面白さだったのかもしれない。

次回の完結編では、プレリュードがその後どう変わり、なぜデートカーという存在自体が時代とともに姿を消していったのかを追いかけたい。

プレリュード――昭和のデートカー伝説・全4回

助手席の操作レバーにまつわる伝説から、2代目の人気、3代目の4WS、ソアラやレパードとの比較まで。4つの視点からホンダ・プレリュードの魅力と時代背景を検証します。

参考資料

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