昭和のスポーツカーを見て、「古い車だな」で終わる人がいる。一方、同じ車を見ただけで、年式やグレード、エンジンの違い、当時のメーカー事情まで語り始める人もいる。
いわゆる旧車マニアだ。一般人には、どうでもよさそうな違いに妙な情熱を燃やす。
ところが、調べてみると、この違いは単なる知識自慢ではなかった。
車に詳しい人は、本当に車が「よく見える」らしい。しかも、その代償まで研究されていた。
今回は、車好き34人を使った心理学実験と、1987年のホンダ・プレリュードの資料を突き合わせ、同じ車から読み取れる情報がなぜ違うのかを調べてみた。
車好き34人と960枚の写真。実験で何が分かった?
2015年にオンライン公開され、2016年に学術誌『Psychonomic Bulletin & Review』へ掲載された研究が面白い。
研究者たちは、自分を車に詳しいと考える34人を集めた。年齢は19~63歳、平均26歳。旧車だけを専門に調べた実験ではなく、車全般の識別能力を対象としている。
まず2台の車の写真を見せ、同じ車種か違う車種かを判定させた。
次に、車や人物が写っている960枚の風景写真を実験素材として用意。画面の上下に2枚の写真をわずか0.067秒表示し、指定された対象がどちらにあったかを答えさせた。960枚は用意された写真の総数であり、34人全員に960枚ずつ表示したという意味ではない。
結果はどうだったか。
車種を見分ける能力と、風景写真の中から車を見つける正確さには、相関係数0.576の正の関連があった。
相関係数とは、二つの能力がどれくらい一緒に変化するかを表す指標だ。0.576は「57.6%正解した」という意味ではない。
しかも、車の識別能力と人物を見つける正確さには、統計的に有意な関連が確認されなかった。
つまり、車に詳しい人は何でも見つけるのが得意なのではなく、車という得意分野に限って、発見能力が高い傾向を示したのである。

※AI生成によるイメージ。実際の研究風景や実験画面を再現したものではありません。
もっとも、この研究は車好き同士の能力差を比較したもので、一般人との直接対決ではない。知識を増やした結果、視覚能力が向上したと証明したわけでもない。
それでも、車種を見分ける経験と、車を発見する能力が結びついていた点は興味深い。
1987年のプレリュード。8万円で何が変わった?
では、実際の旧車を一台、詳しく見てみよう。
1987年4月10日に発売された3代目ホンダ・プレリュード。低いボンネットと流れるような車体が特徴の、昭和を代表するスペシャルティカーである。
ところが、この車には奇妙な装備があった。ハンドルを切ると、後輪まで曲がる4WSだ。
小さくハンドルを切ると後輪は前輪と同じ方向へ、大きく切ると逆方向へ動く。しかも初期型は、車速ではなくハンドルの切れ角で後輪の向きが決まる機械式だった。
ホンダの1987年当時の発表資料では、4WSの追加価格は8万円。最小回転半径は通常仕様5.3m、4WS仕様4.8mだった。
この数字を計算し直してみた。
| 1987年型プレリュード | 通常仕様 | 4WS仕様 |
|---|---|---|
| 2.0XX・5MT東京価格 | 182万円 | 190万円 |
| 最小回転半径 | 5.3m | 4.8m |
| 回転直径の換算値 | 10.6m | 9.6m |
追加8万円は車両本体価格の約4.4%。それで最小回転半径が約9.4%縮まり、直径に換算すると1mの差になる。
もちろん、これは車両の最小回転半径を直径に換算した比較であり、実際の駐車に必要な空間が必ず1m減るという意味ではない。
だが、注目したいのは数字の裏だ。
単に「後輪も曲がる珍しい車」ではなく、わずか8万円の追加で、普段の運転感覚と小回り性能を変えようとした技術者たちの狙いが見えてくる。
なお、4WSは全車標準装備ではなく、2.0Siと2.0XXに設定された装備である。
低いボンネットにも、設計者の事情が隠れていた
もう一つ。3代目プレリュードの低いボンネットも、単なるデザインではなかった。
当時のホンダ資料によると、エンジンを18度後方へ傾けるレイアウトなどによって、ボンネット中央部を先代より30mm低くしたという。
つまり、格好いい車体を実現するために、その下の機械配置まで工夫していたわけだ。
知らなければ「低くて格好いい」で終わる。知っていれば「どうやってエンジンを収めたんだ?」という疑問が生まれる。
マニアが見ているのは、車体の形だけではない。その形になった理由まで含めた車の姿なのだろう。

※AI生成の概念イラスト。実車の正確な透視図ではなく、エンジンの搭載方向、サスペンション、4WSの機械構造などは実車と異なります。正確な機構は本文末のホンダ公式技術資料をご参照ください。
ただし、詳しくなるほど邪魔になるものもある
ここで、少々意地の悪い研究結果も紹介したい。
2011年の心理学研究では、車に詳しい人ほど、車の画像が邪魔な情報として混じった状況で、人の顔を探す作業の効率が悪くなる傾向が確認された。
一方、同じように車が邪魔な情報として登場しても、ソファを探す課題では同様の影響は確認されなかった。
これは実験室での視覚探索課題であり、車好きが日常生活で人の顔を見分けられないという話ではない。
しかし、実に妙だ。
車に詳しいことは、車を発見する助けになる。その一方で、別のものを探すときには車が邪魔になる場合もある。
専門知識とは、何でも見える万能眼鏡ではない。特定のものが目に入りやすくなる眼鏡なのかもしれない。
宝物に見えるのは、知識があるからだけではない
ここまで調べて分かったのは、旧車マニアが特別に優秀だという話ではなかった。
車に詳しい人には車の違いが分かる。植物好きなら葉の形や生育環境、料理好きなら食材や調理法の違いに気づく。それぞれに得意な世界がある。
もちろん、知識がなくても車の美しさを楽しめる。旧車が好きだからといって、全員が構造や歴史に詳しいわけでもない。
それでも、興味を持って見分ける経験を積むことで、以前は気づかなかった違いが見つかるようになる可能性はある。
同じ街を歩いていても、気づくものが違う。世界そのものが変わるのではなく、自分が拾い上げられる情報が変わる。
【編集者が思うこと】
旧車マニアというのは、実に面倒くさい生き物だ。何十年前の車のライト形状やホイールの違いを見つけて、一人で喜んでいる。普通の人には、何がそんなに嬉しいのか分からないだろう。
ところが今回、車好きの視覚認識まで研究されていると知って驚いた。しかも、車が目に入りやすいせいで別のものを探す邪魔になることまであるという。
だったら、俺たちが旧車を見て喜んでいる横で、植物好きは珍しい雑草を見つけて喜んでいるのかもしれない。どちらも相手には理解しにくい世界だ。
それにしても、1987年に8万円で後輪まで動かそうとしたホンダの執念には恐れ入る。そんな数字を知ると、今度あの車を見かけたとき、つい後輪を覗き込みたくなる。
結局、そういうことなんだろう。知識が増えると、世の中に存在する「気になるもの」が増える。人生の面白さって、案外そんなところに転がっているんじゃないか。
知るほど面白い人生――大人の好奇心・全3回
勉強しないと人生はつまらないのか。旧車が宝物に見える理由、50代からの好奇心。同じ世界なのに人によって面白さが違う謎を、統計・趣味・心理学の3つの視点から追います。
- 第1回: 勉強しないまま大人になると、人生はつまらないのか?――「知らなくても困らない」の落とし穴
- 第2回: 旧車マニアには何が見えている?――車好き34人の実験と「8万円の4WS」の秘密
- 完結編: 知らない楽しみは、知らないままで幸せなのか?――50代の好奇心はもう手遅れ?【完結編】 公開予定
参考資料
- Reeder, R. R., Stein, T. & Peelen, M. V. (2016), “Perceptual expertise improves category detection in natural scenes,” Psychonomic Bulletin & Review, 23, 172–179. 原著論文・全文
- 本田技研工業「世界初 舵角応動タイプ ホンダ4輪操舵システム搭載のFFスペシャルティカー 新『プレリュード』を発売」1987年4月9日。当時の公式ニュースリリース・価格・主要諸元
- Honda「ホンダ4輪操舵システム(ホンダ4WS)のテクノロジー 1987年」2023年9月27日。機構解説・開発経緯
- McGugin, R. W.ほか (2011), “Irrelevant objects of expertise compete with faces during visual search,” Attention, Perception, & Psychophysics, 73, 309–317. 原著論文・全文
