1976年5月、三菱自動車は3代目ギャランに「Σ(シグマ)」という名前を与えた。技術の集大成を意味するそのセダンは、ギャランシリーズで月間販売1万台規模を記録する人気車となった。
サイレントシャフト付きエンジン、上質な内装、低く伸びやかなボディ。三菱が作りたかった快適なセダンの姿が、そこにあった。
ところが1983年9月、5代目ギャランΣは長年続けたFR(後輪駆動)を捨て、FF(前輪駆動)へ転換する。
売れていたΣは、なぜ駆動方式まで変える必要があったのか。 開発担当者の回想と歴代モデルの寸法を調べると、意外にも1976年の初代Σから続く「格好よさと室内の広さ」のせめぎ合いが見えてきた。
初代Σは、格好よさのために車高を25mm下げていた
1976年のギャランΣは、低く幅広いヨーロッパ調のスタイルが特徴だった。しかし、そのデザインは簡単に決まったわけではない。
開発を担当した三橋慎一氏の回想によれば、久保富夫社長の承認を得た後、基本寸法を見直して全高を25mm下げ、1,360mmにしたという。
ところが、この変更によって居住性は悪化。社内からは4ドアクーペのようだという批判も出た。外観の美しさと、乗員の頭上空間は必ずしも両立しなかったのである。
それでもΣは成功した。三菱の公式車史では、ギャランシリーズの月間販売台数が1万台レベルで推移したと記されている。ただし、これはΣ単独の販売台数を示す数字ではない。
さらに興味深いのが、上級グレードの「スーパーサルーン」だ。内装デザインを担当した岡本治男氏によると、当初の月産目標はわずか500台。少量生産に適した製法で設計したところ、予想以上の人気となり、増産に苦労したという。
三菱が予想していた以上に、ユーザーは上質なセダンを求めていた。 もっとも、スーパーサルーンの実際の月間販売台数までは、この証言から確定できない。
サイレントシャフトは、実はΣより先に登場していた
Σを象徴する技術といえば「サイレントシャフト」だ。三菱は、毎分6,000回転で動かしたエンジンの上に水の入ったコップを置き、振動の少なさをアピールした。
直列4気筒エンジンには、ピストンの往復運動によって生じる振動がある。三菱はクランクシャフトの2倍の速さで回転する2本のバランサーシャフトを使い、さらに一方の位置を上下方向にずらすことで振動を抑えた。
ただし、サイレントシャフトはΣで初めて登場した技術ではない。三菱の会社史によれば、1975年2月にギャランGTOへ搭載された4G52型アストロン80エンジンが先だった。
その技術を、翌1976年のΣでは静粛性と快適性の大きな売り物にしたのである。
さらに1981年にはポルシェへ技術供与。後にはボルボやサーブにも展開された。三菱の4気筒エンジンを静かにするための仕組みが、欧州メーカーにも評価されたわけだ。
もっとも「8気筒並みの静かさ」という当時の表現はメーカーの技術的な訴求であり、あらゆる運転条件で実際のV8エンジンと同じ騒音・振動になるという意味ではない。

三菱のサイレントシャフト機構を表現した模式イラスト。2本のバランサーシャフトがクランクシャフトの2倍速で互いに逆回転し、振動を低減する。画像は原理を説明するためのもので、ピストンの位置関係、軸の配置、回転矢印、チェーンの取り回しなどは実機を正確に再現していない。
Σの半年後、角型4灯のΛが生まれた
1976年12月、三菱はギャランΛ(ラムダ)を発売する。Σが4ドアセダンだったのに対し、Λは高級感を重視した2ドアのスペシャリティカーだ。
Σとシャシー部品を共用しながら、日本車初という角型4灯ヘッドライト、長いノーズ、側面まで回り込むリアウインドウを採用。1本スポークのステアリングホイールまで備えていた。
海外では「三菱サッポロ」として販売された。1972年札幌冬季オリンピックで、Sapporoという地名の知名度が上がったことが命名理由だったと三菱は説明している。
つまり三菱は、共通の基本設計を使い、実用的なセダンのΣと、華やかな2ドアのΛを作り分けたのである。

1976年に登場したギャランΣとΛの関係を描いた再現イラスト。左は4ドアセダンのΣ、右は2ドアスペシャリティカーのΛ。なお、Σの前面デザインは1978年後半以降の角型4灯仕様に近い。車体の細部は実車と完全には一致しない。
1980年のΣは、FRのまま足元を50mm広げていた
1980年5月、ギャランΣとΛはそろってモデルチェンジした。4代目ギャランに当たる新しいΣも、駆動方式は依然としてFRだった。
しかし中身は大きく進化していた。三菱公式によると、欧米人の体格も考慮してレッグスペースを50mm拡大。燃費を表示する電子式走行情報システム「VELNAS」、各種タイマー機能を制御する「ETACS」、オートエアコン、クルーズコントロールなどを採用した。
さらに2.3Lディーゼルターボを設定し、同年11月には2.0Lガソリンターボも追加。後者の2000GSRターボは145PSを発揮した。
高性能グレードには電子制御燃料噴射装置ECI、4輪独立懸架、4輪ディスクブレーキなども採用されている。
ここで注目したいのは、FRでも足元を広げ、電子制御やターボで快適性と性能を高められたことだ。それなら、なぜ次のモデルでは駆動方式を変えたのか。
1983年、車体は90mm伸びたのにホイールベースは70mmも延長
1976年、1980年、1983年のギャランΣについて、公式車史と当時のカタログ資料にある代表寸法を整理した。
| 項目 | 1976年 3代目 |
1980年 4代目 |
1983年 5代目 |
|---|---|---|---|
| 駆動方式 | FR | FR | FF |
| 全長 | 4,330mm | 4,470mm | 4,560mm |
| 全幅 | 1,655mm | 1,680mm | 1,695mm |
| ホイールベース | 2,515mm | 2,530mm | 2,600mm |
※三菱自動車公式車種史の代表寸法を基本とし、ホイールベースはカタログ資料を参照した世代比較。全グレード共通の数値ではない。例えば1976年型の全幅は、三菱公式の代表値が1,655mm、GAZOO掲載仕様が1,670mm。また1980年型2000GSRターボには全長4,570mmの仕様もある。ホイールベースは前後車軸の中心間距離。
1980年型は1976年型より全長が140mm伸びたが、ホイールベースの延長は15mmだった。
ところが1983年のFF型では、直前の1980年型に比べて全長の増加が90mmなのに対し、ホイールベースは70mmも伸びている。全長の増加幅に対して、ホイールベースの延長幅が大きい。
1983年の大転換は、単に前輪で走るようにしたことではない。限られた車体寸法の中で、乗員と荷物のための空間を取り直す設計変更だった。
FRではエンジンから後輪へ動力を伝えるプロペラシャフトなどが必要になる。FF化はそうした駆動系の配置を変え、室内やトランクの空間を設計し直す余地を生む。
ただし、ホイールベースが70mm伸びたから室内長も70mm増えた、という意味ではない。正確な室内寸法差を計算するには、同一条件の室内測定値が必要だ。
なお、1983年のFF化は主力乗用セダンの転換であり、旧FR系のタクシー仕様などは直ちに全廃されたわけではない。一部は1984年まで継続された。

1980年型ギャランΣのFR方式(上)と、1983年型のFF方式(下)を比較した概念図。FRでは後輪へ動力を伝えるプロペラシャフトが必要だが、FF化によって駆動系を車体前方へ集約した。実際のホイールベースは2,530mmから2,600mmへ70mm延長。画像は縮尺を誇張した説明図で、エンジンの向きや部品配置は実車の正確な設計図ではない。
日本では全幅1,695mm。豪州では、さらに65mm広げた
三菱の発想は日本国内だけでは終わらなかった。
1985年3月、豪州三菱はFFギャランをベースに車幅を65mm拡大した「マグナ」を発売。日本仕様の代表値1,695mmに65mmを加えると、全幅は1,760mmとなる。
日本の小型乗用車の5ナンバー規格は全幅1,700mm以下。FFギャランはその上限までわずか5mmだったが、オーストラリアではその枠に縛られる必要がない。
日本では限られた車幅の中で空間効率を追い、海外ではボディそのものを広げる。同じFFの基本設計を、市場に合わせて使い分けていたことが分かる。
なお、1984年には200PSの「シリウスダッシュ3×2」エンジンや4ドアハードトップも登場する。三菱はFF化によって高性能や高級感を諦めたのではなく、むしろ新しい方向へ広げようとしていた。
ΣがFRを捨てた直接の経営判断を示す社内資料までは確認できなかった。しかし、開発者の証言、1980年型の改良、1983年型の設計変更を並べると、快適なセダンを作るという目標が、車の基本構造そのものを変える段階に進んだことが見えてくる。
【編集者が思うこと】
俺が最初に引っかかったのは、Σがあれだけ売れたのに、なぜFRをやめたのかという点だった。ところが開発者の証言を読むと、1976年には格好よさのために全高を25mmも下げ、室内が狭くなったと怒られていたという。なんとも三菱らしい。
しかもスーパーサルーンは月産500台くらいのつもりが、予想以上に売れて増産に苦労。技術者もデザイナーも真剣なのに、顧客の欲しがるものは計画どおりにいかない。昭和の自動車開発って、こういう話が実に面白い。
1980年にはFRのまま足元を50mm広げ、1983年にはついにFF化。だったら最初から広いセダンを作ればよかったじゃないか、と言いたくもなる。しかし低く格好いい車と、ゆったり乗れる車を両立させるのは、そう簡単ではなかったのだろう。
Σは静かなセダンだっただけじゃない。三菱が何を快適と考えるか、10年近くかけて作り直した車だったのだ。
次回は1987年登場の6代目ギャランVR-4。静粛性と快適性を追求した名門セダンが、今度はWRCで勝つ高性能4WDへ変貌する。
ちょっと分かりにくい用語
- バランサーシャフト
- エンジン内部で発生する振動を打ち消すために回転させる軸。サイレントシャフトでは2本の軸を使い、4気筒エンジン特有の振動を低減する。
三菱ギャラン 7部作
1969年の初代コルトギャランから、ギャランΣ、WRCで活躍したVR-4、GDI技術、そして車名の消滅まで。三菱自動車を支えた名門セダンの歴史と技術、ランサーエボリューションや現在の4WD技術への継承を、全7回で検証します。
- 第1回: 三菱自動車より先にギャランがいた!? 初代コルトギャランとGTO・FTOの意外な関係【第1部】
- 第2回: 売れたギャランΣは、なぜFRを捨てた? 静粛性とFF革命の10年【第2部】
- 第3回: 準備中 公開予定
- 第4回: 準備中 公開予定
- 第5回: 準備中 公開予定
- 第6回: 準備中 公開予定
- 完結編: 準備中 公開予定
参考資料
- 三菱自動車「車の歴史」――1976年Σ、Λ、1980年モデル、1983年FF型、1985年マグナの公式車種史・代表寸法
- 三菱自動車「会社の歴史」――サイレントシャフトの初採用、振動低減の仕組み、欧州メーカーへの技術供与
- 三橋慎一・岡本治男「ギャラン シグマ(1976)」『三菱カーデザインの軌跡』――全高25mm変更、居住性への影響、スーパーサルーン月産500台計画と予想以上の人気
- GAZOO「ギャランΣ 1976年型」――ホイールベース2,515mmと全幅1,670mmの掲載仕様
- Auto Messe Web「昭和の三菱はターボ王国! ハイテク満載の2代目シグマ/ラムダ」――当時のカタログに基づく1980年型の車体・装備の解説
- GAZOO「ギャランΣ 2000GSRターボ」――1980年型FR、ホイールベース2,530mm、145PS、全長4,570mmの掲載仕様
- ビークルズ「三菱 ギャランΣ(5代目 1983〜1999)」――1983年のFF化、旧型タクシー仕様からの移行、後年の車種展開
