「王様の悪口」で刑務所へ? タイの不敬罪と戦前日本を比較してみた

「王様の悪口」で刑務所へ――タイでは今も現実の法律

日本人から見ると、「王室を批判したことで刑事事件になる」という制度は、かなり遠い世界の話に感じる。

しかしタイには現在も、刑法112条、いわゆる不敬罪(lese-majeste)が存在する。国王、王妃、王位継承者、摂政への中傷、侮辱、脅迫を対象とし、刑罰は3年以上15年以下と重い。

重要なのは、昔の王国に残った飾りの法律ではなく、現在でも実際に適用されているという点だ。SNSへの投稿などが問題になる事例もあり、スマートフォン時代の法律として存在している。

バンコクの街並みと王宮を背景にスマートフォンでSNSを見る人物を描いたイメージ
※作品をイメージしたAI生成画像

日本にも「不敬罪」が存在していた

ところが、タイだけを「変わった制度の国」と片付けると、日本人として少々都合が悪い。

日本にも戦前から終戦直後まで、天皇や皇室への不敬を処罰する法律が存在していたからだ。

旧刑法には「皇室ニ対スル罪」が置かれ、天皇、皇后、皇太子などに対する「不敬ノ行為」が特別な犯罪として扱われていた。

つまり、王室や皇室を一般人とは別格の存在として刑法で守るという発想そのものは、現在のタイだけに見られるものではない。

戦前日本で新聞を読む人々と現代タイでスマートフォンを見る人物を天秤で対比した歴史比較イメージ
※作品をイメージしたAI生成画像

タイなら今問題、日本なら戦前問題、現代日本なら原則自由

三つの時代を並べると、違いが分かりやすい。

「王室や皇室制度はいらない」「税金の使い方として疑問がある」といった政治的な意見を表明した場合、現在の日本では、それ自体が不敬罪になることはない。

もちろん、特定個人への名誉毀損、侮辱、脅迫などが成立する場合は別だが、天皇を批判したという理由だけで特別に重く処罰する法律は現在の日本には存在しない。

一方、戦前日本では皇室への表現そのものが刑事事件へ発展する可能性があった。

象徴的なのが、終戦翌年の1946年に起きた「プラカード事件」である。食糧難への抗議運動の中で昭和天皇を揶揄する表現を掲げた人物が、不敬罪で起訴された。

戦争はすでに終わっていたが、不敬罪はまだ法律として残っていた。その後、1947年の刑法改正で「皇室ニ対スル罪」は削除されることになる。

終戦直後の日本で食糧難に抗議する群衆と警察官を描いた歴史イメージ
※作品をイメージしたAI生成画像

戦前日本との最大の違いはSNS

制度の考え方には似た部分があるが、現代タイには戦前日本になかったものがある。

インターネットとSNSである。

戦前に大勢へ意見を伝えるには、新聞、雑誌、ビラ、演説などが必要だった。発信できる場所も人数も限られていた。

現在なら、スマートフォンから数秒で投稿できる。軽い皮肉や感想でも拡散され、スクリーンショットとして残ることがある。

そのため現代タイの不敬罪は、古い王室保護の考え方と、誰もが情報発信者になれるSNS社会が組み合わさった制度として見ると分かりやすい。

同じ君主制でも、守り方はかなり違う

現在の日本とタイを比べると、君主や王室を刑法でどう守るかという考え方には大きな差がある。

日本では皇室制度そのものを批判することも、天皇制の存廃を議論することも、原則として政治的な言論の範囲である。

タイでは王室に対する一定の表現が、一般的な名誉毀損とは別の重い犯罪として扱われる。

その意味では、現代タイの制度を理解するには、現在の日本よりも戦前日本の皇室保護制度と比較したほうが構造をつかみやすい。

戦前日本の新聞、現代タイのSNS、現代日本の自由な議論を三つの時代として比較したイメージ
※作品をイメージしたAI生成画像

まとめ――外国の奇妙な法律ではなく、日本の過去でもある

タイの不敬罪だけを見ると、「そこまで王室を特別扱いするのか」と感じる。

しかし歴史を80年ほど戻せば、日本にも似た考え方の法律が存在した。

そう考えると、この問題は単純な「タイは厳しい、日本は自由」という比較だけでは終わらない。

日本が過去に廃止した制度と似た仕組みが、タイでは現在も使われている。そこにSNSという現代的な通信手段まで加わったことが、両者の最大の違いといえる。

法律そのものより興味深いのは、その法律が存在すると、人々が「これは言っていいのか」と自分で線を引き始めることなのかもしれない。

【編集者が思うこと】

タイに数年住んでいた頃、不敬罪が絡んで入国できなくなった日本人料理店経営者の話を聞いた。真偽の細部はともかく、「そんな法律、本当に使われるのか?」が一気に現実になった。外国の珍法律も、自分の生活圏に入ってくると急に笑えなくなる。

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