見た目はスーパーカー、土台はスターレット。トヨタ・セラはなぜ160万円で作れたのか

見た目はスーパーカー、土台はスターレット。トヨタ・セラはなぜ160万円で作れたのか

1990年、トヨタから妙なクルマが出てきた。丸いボディにガラスだらけのキャビン、そして上へ跳ね上がるドア。街で見れば、どう見ても「小さなスーパーカー」である。

ところがトヨタ・セラは、MR2やスープラの弟分ではない。最高出力110PSの1.5L・FFで、トヨタ公式の車両史には「スターレットのプラットフォームを採用」と明記されている。ではなぜ、大衆小型車の土台から、5MTベース車160万円でこんなクルマを市販できたのか。

セラは突然生まれたクルマではなかった

セラの直接の祖先は、1987年の東京モーターショーに出品されたコンセプトカー「AXV-II」である。ガラスがルーフまで回り込む「グラッシーキャビン」と跳ね上げ式ドアは、この段階ですでに形になっていた。

さらに1989年の東京モーターショーでは「SERA」の名で量産型に近いモデルが公開され、1990年3月8日に発売。つまり、ある朝突然トヨタの商品企画会議で「ガルウイングでも付けるか」と決まったクルマではない。

AXV-IIから量産型トヨタ・セラへ発展する流れをイメージしたイラストAI生成による比較イメージです。実際の東京モーターショー会場やAXV-II、量産セラの細部を完全再現したものではありません。

「中身はスターレット」は半分正しく、半分違う

セラのホイールベースは2300mm。同時期のEP82型スターレットも2300mmで、基本プラットフォームを共有する。しかし、セラを「スターレットに変なボディを載せただけ」と片付けるのも正確ではない。

セラには1.5Lの5E-FHE型DOHC16バルブを搭載し、最高出力110PS。発売時のトヨタ資料ではサスペンションも新設計とされ、前後トレッドは1405mmまで広げられている。

性能を同時期のスターレットGTと比べると、立ち位置はさらに分かりやすい。

車種 セラ 5MT スターレットGT 5MT
価格 160万円 124万円
最高出力 110PS 135PS
車重 890kg 830kg
重量/出力 約8.1kg/PS 約6.1kg/PS

少なくとも最高出力と重量/出力比だけ見れば、スターレットGTのほうが上。それでもセラは36万円高い。つまりセラが売っていたのは馬力ではなく、「未来のクルマに乗っている感覚」だったのだろう。

トヨタ・セラとEP82型スターレットGTの性格の違いを比較したイラストAI生成による比較イメージです。セラおよびEP82型スターレットGTの実車写真ではなく、外装の細部は簡略化されています。

本当の変態ポイントは、ドアより「作り方」だった

ここからがセラの妙なところである。あれだけ専用色の強いボディを持ちながら、同時期のスターレットGTに対して価格差は約29%しかない。

その裏でトヨタは、少量生産車向けの「Toyota Flexible Press System(FPS)」まで開発していた。1990年3月26日のトヨタ発表によれば、液圧プレス、三次元レーザー切断、多方向プレスを組み合わせたシステムで、セラのフロントフェンダーでは従来5工程だった加工を3工程へ削減できたという。

セラは単なる珍車ではなく、「少ない台数でも凝ったクルマをどう量産するか」という新しい少量生産技術を実際に投入した市販車でもあった。

しかも巨大なドアには温度変化による操作力の違いを抑える機構を入れ、ガラス面積の大きいキャビンながらオートエアコンも標準装備。見た目は悪ふざけ寸前なのに、設計は妙に真面目なのである。

ところで、本当に「ガルウイング」なのか

当時のトヨタは堂々と「ガルウイングドア」と呼んでいた。しかし現在のトヨタ車両史では、ルーフ前端とAピラー付近の2点を支点として斜め前上方へ開くため、本来のガルウイングとは異なり蝶の羽に近いと説明している。

300SLやデロリアン型のガルウイングではなく、現在ならバタフライ/ディヘドラル系と呼んだほうが通じやすい。ここは旧車好き同士で話すと必ず誰かが突っ込んでくるところなので、先に書いておこう。

一般的なガルウイングドアとトヨタ・セラ式ドアの開き方を比較したイラストAI生成によるドア構造の概念比較です。特定車種のヒンジ機構を工学図面として正確に再現したものではありません。

「バブルが弾けて消えた」で終わらせていいのか

セラは1990年2月から1995年12月まで生産され、累計1万5941台。約6年なので、車種寿命だけ見れば「突然消滅」というほど短くない。

もちろん後半は、バブル崩壊後に国内需要が低迷した時期と重なる。実際、トヨタの国内生産台数も1990年の約421万台から1995年には約317万台まで減った。ただし、「バブル崩壊だけがセラ終了の原因だった」と断定できる一次資料は確認できない。

むしろ特殊なデザインの商品は、欲しい人が最初に買えば需要を食い尽くしやすい。直接の後継車も作られなかったことを考えると、セラは長期育成する車種というより、時代と技術を商品にした一代限りのスペシャリティカーだったと見るほうが自然に思える。

消えたセラのドアが、世界的スーパーカーへ

そして一番おかしいのが、その後である。

マクラーレンF1を設計したゴードン・マレーについては、Toyota UKもセラのドアがF1開発に影響したと紹介している。さらに後年の自動車媒体には、2012年の『CAR』誌インタビューで、マレーが英国でセラを見かけ、実車を借りてドアを検討したと語った内容が引用されている。もちろんF1のドアをそのままセラからコピーしたわけではなく、中央運転席へ乗り込むための独自構造へ発展している。

110PSのFFトヨタ車が、後のマクラーレンF1へヒントを渡した。セラというクルマを「スーパーカーもどき」と笑って終われない理由は、たぶんここにある。

【編集者が思うこと】

俺も最初は「バブル時代に突然出てきた、ガルウイングのなんちゃってスーパーカー」くらいに思っていた。でも調べると、速さではなく「160万円でこの形を量産する」ほうにトヨタの本気が入っていた。スターレットGTより最高出力は低いのに36万円高い。それでもドアを開けた瞬間だけなら、隣のスターレットには絶対に勝てる。クルマの商品価値って、馬力だけじゃないんだよな。今のトヨタが同じノリでこんなのを作ったら、いくらになるのか。それも少し見てみたい。

参考資料

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