トランプは何を考えている? AIを「SI」に改名――中国との駆け引きと、気になる変更費用

トランプは何を考えている? AIを「SI」に改名――中国との駆け引きと、気になる変更費用

AIはもう古い。これからは「SI」と呼べ――。

2026年9月29日、トランプ米大統領が大統領令14434号に署名した。AI(Artificial Intelligence)をSI(Super Intelligence=超知能)へ変更し、連邦政府の行政機関で使用させるという。

だが、ちょっと待ってほしい。70年も使われてきた世界共通の技術用語を変えるのだ。中国との覇権争いが狙いなのか。膨大な変更作業の費用は誰が払うのか。大統領令と米中両政府の公式発表を読み比べたら、妙な事情が見えてきた。

米国生まれのAIを、米国が改名する

トランプ氏が問題視したのは「Artificial」という単語だった。人工という言葉では、知能が偽物のように聞こえるというのだ。

1956年のダートマス研究会で確立されたAIという研究分野。70年を経て技術が飛躍的に進歩したのは確かだが、人工心臓が偽物の心臓でないように、Artificialは必ずしも偽物を意味しない。

興味深いのは大統領令の第3条だ。新名称SIについて、当面は従来のAIと同じ法的定義を適用すると書かれている。

つまり、名前は「超知能」でも、中身が超知能へ進化したわけではない。画像認識から生成AIまで、これまでの技術を新しい看板の下へまとめる仕組みだ。

中国との差別化? ところが中国は否定しなかった

トランプ政権の2025年7月のAI行動計画には、米国の半導体、AIモデル、ソフトウェア、技術標準を世界へ普及させる方針が明記されている。米国の技術を国際標準にすることは、経済・安全保障戦略の一部なのだ。

ならば今回の改名も、中国に対する差別化戦略なのか。

ここで2026年9月の米中首脳会談後に発表された、両国の公式資料を比較した。

米国側の発表 中国側の発表
両首脳はSIという用語の使用に合意 米国の用語選択を尊重する
「米中SI対話」を設置 「米中人工知能対話」を設置

なんと、中国は米国の提案を正面から否定していない。だが、自国でもSIを正式採用すると明言したわけではなく、公式発表には従来の「人工知能」が残っている。


AIの呼称をめぐる米国と中国の立場を表現したイメージイラスト
米中の立場を象徴的に描いたイメージ。実際の首脳会談を再現したものではありません。

米国がAI分野の主導権を握ろうとしていることは政策文書から確認できる。しかし、中国との差別化こそが今回の改名の直接目的だったという証拠は確認できない。

むしろ、命名権まで米国が握りたいのだとすれば、中国に同じ名称を受け入れさせる方が有利とも考えられる。これは政策文書を比較したうえでの推測だ。

改名するだけで、いくら消えるのか?

一番引っかかったのは金の話だ。名称変更なら、ウェブサイト、行政文書、広報資料、研修教材などに修正作業が発生する。

前例を探したところ、実に都合のよい資料があった。

2025年、トランプ氏は国防総省に「戦争省」という副次的名称を認めた。その費用について、米議会予算局(CBO)は2026年1月、限定的な実施で約1,000万ドル、広範囲で急速に実施すれば最大1億2,500万ドルと試算している。

同じトランプ政権の「改名」で、実施方法によって推定費用に12.5倍の差が生じるのだ。

もちろん、これは国防総省の改称費用であって、AIからSIへの変更費用ではない。そこで、文書修正だけに絞って独自試算した。

仮に1文書の確認に5分、人件費を1時間5,000円とすれば、1万文書で約417万円、10万文書なら約4,167万円になる。計算式は「文書数×5分÷60×5,000円」。実際の米政府の文書数や人件費に基づく推計ではない。

ただし今回の大統領令は、過去の規則、契約、歴史的文書などの変更を要求していない。つまり、全面改訂を強制する命令ではなく、上記の金額がそのまま発生するわけでもない。

問題は、新しい文書の確認作業、用語の併存、将来の法改正やシステム更新に伴う負担だ。これらの実費や経済全体の損失額について、公的な総額試算は確認できなかった。

なお、大統領令の第4条には公布費用を科学技術政策局が負担すると書かれているが、これは各省庁の改称作業費の総額を示したものではない。

トランプ氏が費用を考慮しなかったとも断定できない。大統領令には既存文書を変更しなくてよいという制限がある。しかし、改名によって得られる経済的利益と、必要な費用を比較した定量的な説明は示されていない。

日本は、トランプの命名に付き合うのか

日本には2025年制定の「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」がある。法律の名称にも定義にも「人工知能」が組み込まれている。

10月8日の衆議院本会議では、国民民主党の玉木雄一郎代表がこの改称問題を質問。高市早苗首相は、政府文書や学術論文にAIという呼称が一般的に使われており、直ちにSIへ全面変更するのは難しいと答えた。

国際規格ISO/IEC 22989:2022にもArtificial Intelligenceという名称が使われている。日本だけでなく、世界の技術標準との整合性が問題になるのだ。

今のところ、日本が米国に合わせて名称を変更する義務はない。将来の国際的な呼称変更については、各国の対応次第となる。


名称変更によって設計図、行政文書、マニュアルなどに修正作業が連鎖するイメージ

【編集者が思うこと】

俺が気になったのは、トランプがAIという名前を嫌ったことより、変更費用をいくらと見積もっているのか、という部分だ。

設計の仕事をしていた頃なら、名称や仕様を変える話が出れば、影響範囲と変更工数を洗い出す。図面1枚の修正で済むと思ったら、部品表、製造指示、取扱説明書まで連鎖する。そんな経験は珍しくない。

中国との技術競争に勝ちたいのは分かる。だが、名称を変えることで米国製AIの性能や価格競争力がどれだけ向上するのか。その説明がないまま看板だけ先行するのは、どうにも引っかかる。

まして中国は、米国の新名称を否定せず、従来の呼び名も残している。あちらは様子を見ながら、実利を計算しているのかもしれない。

結局、知能がスーパーになったかどうかを決めるのは大統領ではない。実際に使って、その能力と限界を見ている人間の方じゃないのかね。

参考資料

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