職場にいるサイコパスの特徴とは?犯罪者ではない「普通のサイコパス」の怖い実態

職場にいる普通のサイコパス――犯罪者じゃない彼らはどう生きているのか?

サイコパスと聞くと、何を想像するだろう。

血まみれの殺人犯。
薄暗い地下室。
笑いながら人を殺す異常者。

だが、現実はもっと地味で、もっと怖い。

奴らはスーツを着ている。

朝になれば普通に出社し、
「おはようございます」と挨拶し、
会議では資料をめくり、
昼には同僚とラーメンを食う。

そして夕方には、
「お疲れさまでした」
と笑顔で帰っていく。

もちろん、ここでいう「サイコパス」は医学的な診断を勝手につける話ではない。

人への共感が極端に薄い。
罪悪感を感じにくい。
平然と嘘をつく。
人間関係を損得で見る。

そんなサイコパス的な特性が強い人間の話だ。

怖いのは、こういう人間が必ずしも社会から落ちこぼれるとは限らないことだ。

むしろ逆。
会社という場所は、ときに彼らにとって非常に居心地がいい。

たとえばリストラ。

普通の人間なら、部下に
「来月で契約終了です」
と伝えるだけでも胃が痛くなる。
職場にいる普通のサイコパス――犯罪者じゃない彼らはどう生きているのか?
家庭がある。
住宅ローンがある。
子どもがいる。

そんなことを考えてしまうからだ。

だが共感性が極端に低ければ、その苦痛がない。

「会社の判断ですから」
それだけで終わる。

相手が泣こうが、怒ろうが、知ったことではない。

翌日には普通にゴルフへ行ける。

会社から見れば、
「冷静に決断できる人」
に見えるかもしれない。

さらに恐ろしいのが、人間の感情を理解していないとは限らないことだ。

悲しい気持ち。
悔しい気持ち。
褒められたい気持ち。
嫌われたくない気持ち。

それらを自分では強く感じなくても、

「人間はこう言えば動く」
という仕組みとして理解している場合がある。
職場にいる普通のサイコパス――犯罪者じゃない彼らはどう生きているのか?
だから、
「君しか頼めないんだよ」
「俺は君を評価している」
「この件は二人だけの秘密にしよう」
そんな言葉を、ごく自然に使う。

相手を思いやっているのではない。

ボタンを押しているだけだ。

自動販売機で商品を選ぶのと同じ。
この言葉を押せば忠誠心が出てくる。
この言葉を押せば罪悪感が出てくる。
この言葉を押せば残業してくれる。
人間を感情のある存在ではなく、操作可能な装置として見る。

そこに悪意すらないことが、一番怖い。

そして会社では、ときどきこういう人間が出世する。

責任を部下に押しつけても眠れる。
ライバルを蹴落としても気にならない。
失敗した部下を切り捨てても引きずらない。

上司には笑顔。
部下には圧力。
取引先には愛想。

必要がなくなった人間には無関心。

だが外から見れば、
「仕事のできる人」
「決断力のある人」
「メンタルが強い人」
に見える。

本人も犯罪など起こさない。

税金も払う。
家庭も持つ。
PTAにも参加する。
休日には子どもとショッピングモールへ行く。

完全に普通の人間として社会に溶け込んでいる。

だから見えない。

だが、ひとつだけ痕跡が残る。

その人の周囲だけ、人間が壊れていく。

部下が辞める。
同僚が疲弊する。
なぜか揉め事が増える。
誰かが悪者にされる。
チームの人間関係が崩れる。

ところが本人だけは無傷。

いつも涼しい顔をしている。
そしてこう言う。
「最近の若い人はメンタルが弱いね」

その言葉を聞いたとき、少し背筋が寒くなる。

もっとも、無愛想な人、冷静な人、合理的な人を見て、
「あいつサイコパスだ」
と決めつけるのは危険だ。

人間の性格はそんな単純ではない。

ただ覚えておいた方がいい。

この世界で本当に怖い人間は、
血の付いたナイフを持って歩いているとは限らない。
名刺を持っている。
社員証を首から下げている。
メールの最後には、
「よろしくお願いいたします」
と書いてある。

そして今日もあなたの隣の席で、
普通にコーヒーを飲んでいる。
職場にいる普通のサイコパス――犯罪者じゃない彼らはどう生きているのか?
人間社会で最も見つけにくい怪物は、
怪物の顔をしていない。

社会人の顔をしている。

【管理者が思うこと】

その通りだと、妙に共感してしまう。……私も、少しサイコパスなのかもしれない。

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