田んぼや用水路の壁に、やたら目立つショッキングピンクの粒々が付いていることがある。正体はジャンボタニシことスクミリンゴガイの卵だ。
成貝は食べられる。実際、日本へ入ってきた理由も食用だったし、編集者自身もタイで食べたことがある。ところが調べてみると、あのピンク色の卵には捕食者を遠ざける毒性タンパク質がある。親は食材、卵は防御兵器。昭和の怪生物図鑑なら、この時点で1ページ使える。

AI生成による解説イメージです。ジャンボタニシの大きさは演出上誇張しています。実際の成貝は殻高2~7cm程度です。
昭和の図鑑風に見ると「親は食える、卵は食うな」
スクミリンゴガイ(Pomacea canaliculata)は南米原産の大型淡水巻貝で、日本在来のマルタニシなどとは別系統である。成貝は殻高およそ2~7cm。卵は水中ではなく、稲の茎や水路の壁など水面より上へ産み付ける。
農林水産省によれば、1回の卵塊はおよそ200~300個、年間では雌1匹が3,000個以上産むことがある。しかも色は隠れる気ゼロの濃いピンクだ。
普通なら「そんな目立つ卵、鳥に全部食われるだろ」と思う。ところが逆だった。
あのピンク色は「俺を食うな」の看板だった
スクミリンゴガイの卵にはカロテノイドを含むタンパク質があり、近年の研究では、この派手な色が捕食者に危険を知らせる警告色として機能することが示されている。
さらに卵にはPcPV2と呼ばれる防御タンパク質があり、実験ではげっ歯類に神経毒性を示すことが確認されている。消化されにくいタンパク質も含まれ、卵を「栄養満点の食べ放題」にさせない仕組みまで備えている。
ただし「人間が1粒食べれば中毒する」といった人での安全量・中毒量が確立されているわけではない。研究で確認されている毒性を、そのまま人への致死毒と読み替えるのは乱暴である。それでも食材として安全確認されたものではない以上、卵を食べて試す理由はない。
ところが日本は、この貝をわざわざ食用で連れてきた
話が妙になるのはここからだ。日本では1981年、台湾から長崎県と和歌山県へ食用目的で導入された。農研機構によれば、1983年には全国35都道府県、約500か所に養殖場ができている。
ところが思ったほど売れず、養殖の放棄や逸出によって野生化。1984年には稲への被害が問題となり、農林水産省が有害動物に指定した。

AI生成による歴史解説イメージです。1980年代の特定の養殖場や実際の写真を再現したものではなく、貝の大きさも演出上強調しています。
つまり、外国から勝手に攻め込んできた怪物ではない。人間が「これを養殖すれば商売になる」と連れてきた結果である。ここは外来種問題を考えるうえで結構重要だ。
害貝なのに、稲そのものが大好物というわけでもない
スクミリンゴガイは柔らかい植物をよく食べる。農研機構によれば、成長した稲を特別好むというより、田植え直後の水田では他の餌が少なく、柔らかな稚苗が狙われやすい。被害が大きいのは、おおむね田植え後3週間程度までだ。
食欲もなかなかで、殻高3cmの個体は28℃の実験条件で1日に約2gのジャガイモを食べた。単純計算すると100匹なら1日200g、30日で約6kg。もちろんジャガイモの実験値をそのまま稲の被害量には換算できないが、「数が増えると厄介」という規模感は分かる。
しかも雑草もよく食べるため、すでに生息している水田では除草に利用されることさえある。稲を食えば害貝、雑草を食えば除草要員。生き物側からすれば、人間の都合など知ったことではない。
小さいうちはゲンゴロウにも食われる
ジャンボタニシは無敵でもない。農研機構が水生動物46種を調べた試験では27種が孵化直後の貝を捕食し、ゲンゴロウも小型個体を食べた。過去の研究ではヘイケボタルの幼虫も小さなスクミリンゴガイを餌にできることが確認されている。
一方、大きくなるほど食べられる相手は減る。つまり卵の段階では派手な色と化学防御、小さい貝は捕食されながら数で勝負し、生き残って大型化すれば敵が減る。なかなかよくできた生存戦略である。

AI生成による生態解説イメージです。小型のスクミリンゴガイが水生動物に捕食される関係を模式的に表現したもので、実際の一地点・一瞬の光景を再現したものではありません。
食べるなら「毒卵」より寄生虫のほうが現実的に怖い
成貝そのものは食用になる。タイでもスクミリンゴガイは食材・養殖対象として扱われている。しかし野生個体には別の注意点がある。広東住血線虫だ。
台湾では2012年、池で捕ったスクミリンゴガイを加熱不十分な状態で食べた8人が広東住血線虫による髄膜脳炎を発症し、その池の貝からも幼虫が確認された。日本でもスクミリンゴガイへの自然感染が確認されている。
したがって「食べられる生物」と「その辺で捕って生で食べていい生物」は別物である。ゲテモノ好きでも、ここを混同すると笑えない。なお、ここで「食用になる」と紹介しているのは、野生個体を自己採取して食べることを勧める意味ではない。
【編集者が思うこと】
俺はタイでジャンボタニシを食べたことがあるので、「食える貝」という認識しかなかった。ところが今回、あの気持ち悪いほど鮮やかなピンクの卵を調べたら、本当に「食うな」と警告するような仕組みを持っていた。今になって思えば、親を食べながら卵の正体なんてまったく知らなかったわけで、ちょっと怖い。
それ以上に妙なのは、日本では最初から害貝だったわけではなく、人間が儲かりそうだから連れてきて、売れなかったら今度は必死に駆除していることだ。ジャンボタニシが図々しいというより、この話では人間のほうが結構図々しい。
参考資料
- 農林水産省「スクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)の被害防止対策について」
- 農研機構「スクミリンゴガイ―分布と被害」
- 農研機構「スクミリンゴガイ―生態・食性」
- 農研機構「水系に棲息する動物のスクミリンゴガイ捕食能力」
- 農研機構「ジャンボタニシ除草」
- 近藤章・田中福三郎「ヘイケボタル幼虫によるスクミリンゴガイの捕食について」
- Dreonほか「Novel animal defenses against predation: a snail egg neurotoxin…」
- 「Evolution of aquatic snails’ defences resulted in clade-specific differences in egg toxicity, pigments and warning coloration」
- 国立健康危機管理研究機構「広東住血線虫症」
- Taiwan Centers for Disease Control「An Outbreak of Meningoencephalitis Caused by Angiostrongylus cantonensis among Thai Workers in Changhua County, Taiwan, 2012」
