嫌いな人とは、できれば関わりたくない。それなのに職場では何をしているか気になり、SNSを見つければつい覗き、失敗したと聞けば妙に詳しく知りたくなる。好きな人ならともかく、なぜ人間は嫌いな相手にまで自分の時間を使ってしまうのだろうか。
「本当は好きなんじゃないの?」で片づけるには、この現象は少々複雑だ。心理学の研究を追っていくと見えてくるのは、人間にとって「嫌い」は必ずしも「どうでもいい」を意味しないという、なんとも厄介な性質である。
嫌いな相手は、脳にとって「無視できない人物」になる
心理学では、良い情報より悪い情報のほうが強く注意を引き、記憶や判断にも影響しやすい傾向が知られている。いわゆるネガティビティ・バイアスだ。危険や不利益につながる情報を素早く察知することは、生存という観点では理にかなっている。
つまり嫌いな相手は、単なる「不快な人」ではない。何を言うのか、自分に害を与えないか、周囲で何をしているのか。好きだから見るのではなく、警戒する価値があるから見るという状態が起こり得る。

逃げられない「敵」ほど、人はよく見てしまう
この話をかなり露骨に示した研究がある。Li、Masuda、Leeらは、人間関係を簡単に変更できない環境では、人が「敵」にどう注意を向けるかを調べた。架空の職場を使った実験では、関係を切り替えにくい状況だと感じた参加者ほど、敵役の人物を視線計測で長く見ており、その顔もよく記憶していた。
考えてみれば当然かもしれない。嫌いなYouTuberなら見なければ済む。しかし嫌いな上司、同僚、同級生、親族は、明日もそこにいる。逃げられない以上、相手の動向を知ること自体に意味が出てくる。人間は「嫌いだから見ない」だけではなく、「嫌いだからこそ監視する」生き物でもある。

頭から追い出そうとするほど、戻ってくる
嫌いな人に腹を立てたあと、「もうあいつのことは考えない」と決めた経験はないだろうか。ところが、これも人間の頭は素直ではない。
心理学者ダニエル・ウェグナーらの有名な「白熊」の実験では、「白熊について考えないように」と指示された人は、その思考をうまく抑えられず、その後かえって白熊について考えやすくなる現象が確認された。嫌いな人についても同じ機構がそのまま成立すると断定はできないが、不要な思考を力ずくで排除しようとすることが逆効果になる場合があることは示されている。
さらに対人トラブルの研究では、嫌な出来事を何度も反すうすることと怒りの持続、許しにくさとの関連も報告されている。相手が目の前にいないのに、自分の頭の中では何度も再登場させてしまう。嫌いな相手が長居する場所は、現実世界より自分の脳内なのかもしれない。
SNSは「嫌いな人を監視する装置」にもなる
この人間の性質とSNSは相性がいい。「嫌いだけど投稿は見る」「失敗していないか確認する」「また変なことを言っていると笑う」。こうした行動は研究でも「hate-following」と呼ばれ、2023年のInstagram利用者560人を対象にした研究では、嫉妬や他人の不幸を喜ぶシャーデンフロイデなどとの関連が調べられている。
さらに嫌いな相手が自分と同年代、同業者、同じ職場などであれば、「なんであいつが評価される?」「自分より上なのか?」という比較対象にもなる。嫌いな人は危険人物であるだけでなく、自分の位置を測るための物差しにもなってしまう。

「大嫌い」は、本当に愛に近いのか
2008年には、嫌いな人物の顔を見た際の脳活動をfMRIで調べた研究もある。17人という小規模な研究ではあるが、憎悪では独自の活動パターンが確認され、その一部に恋愛時の研究で報告された領域との重なりも見られた。ただし研究者自身、恋愛と憎悪の活動パターンは異なるとしている。
したがって「愛と憎しみは科学的に同じ」は言い過ぎである。それでも興味深い共通点はある。好きな人も、嫌いな人も、自分にとって無視できない人物になり得ることだ。
愛と憎しみの共通点は「好意」ではなく、「相手に与えている重要度」なのかもしれない。

一番遠い場所にいるのは「どうでもいい人」
もちろん、嫌いな人すべてが気になるわけではない。二度と会わず、自分にも影響せず、比較する必要もなくなれば、やがて意識から消えていくこともある。
だから「愛の反対は憎しみではなく無関心」という有名な言葉は、心理学の法則ではない。それでも人間の行動を見ると妙に的を射ている部分がある。
好きな人には会いたい。嫌いな人には近づきたくない。それでも両者について考えている限り、その人物には自分の有限な注意力を割いている。本当に縁が切れた相手とは、嫌いな人ではなく、「最近どうしているかさえ思い出さない人」なのだろう。
【編集者が思うこと】
嫌いな奴のSNSをわざわざ見に行って、「やっぱりこいつ嫌いだわ」と確認する。よく考えたら、ずいぶん無駄な作業だよな。でも人間って、それをやっちゃうんだと思う。好きな奴より嫌いな奴の発言を細かく覚えてたりするしね。だったら究極の勝ち方は、嫌い続けることじゃなくて「そういえば、あいつ今何してるんだっけ?」になることなのかもしれない。
参考資料
- Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Finkenauer, C. & Vohs, K. D. (2001)「Bad Is Stronger Than Good」Review of General Psychology, 5(4), 323–370. ― 良い出来事や情報よりも、悪い出来事・感情・情報のほうが心理的に強い影響を持つ傾向について、多数の研究を整理したレビュー論文。
- Li, L. M. W., Masuda, T. & Lee, H. (2018)「Low Relational Mobility Leads to Greater Motivation to Understand Enemies but Not Friends and Acquaintances」British Journal of Social Psychology, 57(1), 43–60. ― 人間関係を変更しにくいと感じる環境において、敵対する人物への注意や顔の記憶が高まる可能性を3つの研究から検討した論文。
- Wegner, D. M., Schneider, D. J., Carter, S. R. III & White, T. L. (1987)「Paradoxical Effects of Thought Suppression」Journal of Personality and Social Psychology, 53(1), 5–13. ― 「白熊について考えないようにする」実験で知られる研究。意図的に思考を抑制することの難しさや、その後の反動について検討している。
- McCullough, M. E., Bono, G. & Root, L. M. (2007)「Rumination, Emotion, and Forgiveness: Three Longitudinal Studies」Journal of Personality and Social Psychology, 92(3), 490–505. ― 対人関係上の出来事を繰り返し考える「反すう」と、怒りや許しとの関係を3つの縦断研究から検討した論文。
- Yusainy, C. et al. (2023)「When I Hate to Follow You: Hate-Following, Envy, and Schadenfreude on Instagram」Jurnal Psikologi, 50(3), 245–258. ― Instagramを利用する大学生560人を対象に、「hate-following」の動機と嫉妬、憎悪、他人の不幸を喜ぶシャーデンフロイデなどとの関連を調べた研究。
- Zeki, S. & Romaya, J. P. (2008)「Neural Correlates of Hate」PLOS ONE, 3(10), e3556. ― 17人を対象に、強く嫌っている人物の顔を見た際の脳活動をfMRIで調べた研究。憎悪には独自の活動パターンがあり、恋愛時に報告されている領域の一部との重なりも確認された。
