ポルシェ968はなぜ“完成形”なのに売れなかったのか――944を磨き切った最後のトランスアクスル

ポルシェ968はなぜ“完成形”なのに売れなかったのか――944を磨き切った最後のトランスアクスル

944をさらに新しく、速く、上質にしたら、当然もっと売れる――普通ならそう考える。 ところがPorsche 968は、その“当然”をきれいに外した。3.0リッター直4は240PS、VarioCam、6速MT、Tiptronicまで用意。944から部品の80%以上を新規または大幅改良したのに、生産台数は約1万1千台にとどまった。

しかもPorsche自身、当時968が専門誌から「完璧なスポーツカー」と高く評価された一方で、スポーツカー好きには「少し完璧すぎたのかもしれない」という趣旨まで振り返っている。出来が悪くて消えたのではない。では、なぜ944を磨き切った968は売れなかったのか。

後期ポルシェ944 S2と968を並べた開発施設のAI生成イメージAI生成による比較イメージです。実在するPorsche開発施設や特定の開発現場を再現したものではありません。

見た目は944だが、中身は8割以上やり直した

968は当初、944の大幅改良版として開発が始まった。しかし改良範囲が広がり、Porscheによれば部品の80%以上が新規または大幅改良となったため、最終的には新しい車名「968」が与えられた。

エンジンは944 S2から発展した2,990cc直列4気筒。最高出力240PS、最大トルク305Nm。可変バルブタイミングのVarioCam、6速MTを採用し、さらにPorscheとして初めてTiptronicも設定された。924から続いてきたトランスアクスル4気筒を、かなり真面目に完成させたクルマだった。

ところが、944の16万台に対して968は約1万1千台

数字を並べると落差が大きい。944シリーズは163,302台を生産したのに対し、968はPorscheの年表で11,248台。単純計算では968は944の約6.9%しかない。

もちろん944は約10年間、968は約4年間なので、総台数だけを比較して「9割減」と言うのは乱暴だ。それでも年平均で粗く計算すると、944は約1万6千台、968は約2,800台。期間差をならしても、生産規模は大きく縮んでいる。

多数のポルシェ944と少数の968を販売店に配置したAI生成イメージAI生成によるイメージです。944と968の生産規模の違いを視覚化したもので、実在するPorsche販売店や当時の在庫状況を再現したものではありません。

問題は「遅い」ではなく、価格にもあった

性能不足では説明できない。968 Coupeのドイツでの基本価格は89,900ドイツマルク。911よりは安いが、もはや924時代の「手頃なPorsche」とは別物だった。米国でも1992年型968は4万ドルを超える価格帯となり、『Car and Driver』は走りを評価しながらも価格には厳しい目を向けている。

つまり968は、944より完成度を上げるほど高価になり、しかし少し上を見れば911がいるという難しい場所へ入った。「安いPorsche」ではなくなったのに、「911ではないPorsche」であることは残った。 商品としてはかなり厄介な立ち位置だ。

しかも新型なのに、944 Turboより速くない

もう一つ妙なのが性能だ。標準968は240PS、最高速度約252km/h。一方、第3回で見た後期944 Turboは250PS、最高260km/h。新型の968が旧型最速グレードより速いわけではなかった。

これは「退化」ではない。968は自然吸気3.0Lのレスポンス、扱いやすさ、トルク、日常性を重視した車で、Turboの数字を追いかけたモデルではない。それでも昭和のスペック表的な見方をすれば、「新型なのに最高速では旧型Turboに負ける」と受け取られやすい数字ではある。

完璧すぎたなら、装備を外してみた

そこで1993年に登場したのが968 Club Sportだった。エンジンは同じ240PSだが、リアシートや快適装備を削り、DIN車重では標準車の1,370kgから1,320kgへ50kg軽量化。車高も20mm下げた。標準車をさらに豪華にするのではなく、逆に余計なものを捨てたのである。

このClub Sportは英国『Performance Car』誌の1993年「Performance Car of the Year」に選ばれた。生産は1,538台。豪華に磨いた968より、削った968の方がスポーツカー好きに刺さった――そう見ると、Porsche自身の「少し完璧すぎたのかもしれない」という振り返りが妙に説得力を持ってくる。

標準ポルシェ968と968 Club Sportを比較するAI生成イメージAI生成による比較イメージです。標準968 Coupéと968 Club Sportの外観上の違いを説明するもので、特定の実車や撮影場所を再現したものではありません。

968が終わるころ、Porscheはもう次を考えていた

そして968が苦しかった理由は、車そのものだけではない。1990年代初頭のPorscheは販売低迷と高コストに苦しみ、1992年末には損失が2億4,000万ドイツマルクに達していた。911、928、そして944から968へ続く各系列で、部品や生産工程の共通化が十分に進まず、高コスト体質が問題になっていた。

1993年1月、DetroitでBoxster Conceptが発表される。実は968 Roadsterも試作されたが、Boxster量産の見通しが立ったことで一台だけで終わった。968が売れなかったから急にBoxsterを考えたのではない。968を売っている最中に、Porscheはすでに次の入門スポーツカーへ進み始めていた。

924から約20年続いたフロントエンジン+トランスアクスル路線は、968でほぼ完成した。そして完成したからこそ、その先へ伸ばす余地も少なくなった。968は失敗作というより、「944方式をこれ以上磨いても次のPorscheにはならない」と示した最終回答だったのかもしれない。

911だけじゃないポルシェ・全6回

4気筒の912、VWと組んだ914、VW向け計画から生まれた924。そこから944、968、そして後のミッドシップ世代まで、「911ではないポルシェ」の妙な歴史を全6回で追います。

【編集者が思うこと】

昔のカー雑誌なら、新型になったら馬力アップ、最高速アップ、それで旧型より偉い――みたいな分かりやすさがあった。でも968は妙なんだよな。944より新しいし、造りも豪華で、3リッター直4なんて変態的なくらい凝っている。それなのに一番速い944 Turboには数字で負けるし、値段を上げれば911が近づいてくる。

俺には968って「良くしすぎた結果、居場所がなくなったクルマ」に見える。しかも最後はClub Sportで装備を外した方が評価される。高級にする、便利にする、完成度を上げる――普通の商品なら全部正解のはずなのに、スポーツカーではそれだけじゃダメなんだよね。そこがクルマの面倒で面白いところだと思う。

参考資料

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