ポルシェを「ブランドの序列」で見るなら、911が本流で、Caymanはその下――そう見たくなる。 実際、2005年に登場した初代Cayman Sは、Boxster Sと911の間を埋めるモデルとして送り出された。ところが20年後、そのCaymanは911 GT3と同じ高回転エンジンを積むところまで行ってしまった。
しかも途中では、水平対向6気筒から4気筒ターボへ変わり、車名まで「718」になった。なぜCaymanは4気筒へ戻り、そこからまた6気筒へ進み、最後には911 GT3の心臓まで手に入れたのか。 6部作の完結編は、この妙な20年を追ってみる。
AI生成による比較イメージです。実在するPorscheのショールームや開発施設、特定の開発場面を再現したものではありません。
最初から「Boxsterに屋根を付けただけ」ではなかった
初代Cayman Sは2005年11月に登場した。3.4リッター水平対向6気筒で295PS、0–100km/hは5.4秒、最高速度275km/h。当時の987型Boxster Sは3.2リッター・280PSだったから、クーペ化しただけでなく、最初から15PS上乗せされたことになる。
PorscheはCaymanを単なる「Boxster Coupé」とは呼ばず、別の車名まで与えた。つまり商品の階級としては911より下でも、キャラクターまで廉価版にするつもりはなかった。ここからすでに、Caymanというクルマは少々ややこしい。
2015年、ついにGT4が911の領域へ入り込む
その線引きが大きく揺れたのが2015年のCayman GT4だった。3.8リッター水平対向6気筒は385PS。エンジンは911 Carrera S由来だが、シャシーはほぼ911 GT3由来の部品で構成され、Porsche Motorsportが手を入れた初のCayman GTモデルとなった。
ここは間違えやすい。初代Cayman GT4が積んだのはGT3エンジンではない。 心臓はCarrera S系である。しかし「911より下」と見られがちだったCaymanへ、GT3の足回りやブレーキの思想が降りてきた意味は大きかった。
ところが翌年、6気筒を捨てて「718」になった
そして2016年、話は逆方向へ振れる。Caymanは718 Caymanへ改名され、標準車は2.0リッター水平対向4気筒ターボで300PS、Sは2.5リッターで350PSとなった。
「高級スポーツカーなのに4気筒か」と言いたくなるが、Porscheが持ち出した名前が718だった。1950~60年代に4気筒ミッドシップで活躍したレーシングPorscheの名である。つまりPorsche自身が、4気筒化を単なるコストダウンではなく、歴史への接続として説明したわけだ。
第1回で出てきた「4気筒のPorscheは本物なのか」という疑問が、約半世紀後にメーカー自身の手で戻ってきた。
AI生成による歴史比較イメージです。1950~60年代のPorsche 718レーシングカーの系譜を表現したもので、特定の実車や実在する展示会場をそのまま再現したものではありません。
4気筒になったのに、今度は6気筒が帰ってくる
ここで「4気筒が不評だったからPorscheが元に戻した」と単純化すると危ない。標準718の4気筒はそのまま残った。その上へ、2019年には718 Cayman GT4の4.0リッター自然吸気6気筒・420PS、2020年には718 Cayman GTS 4.0の400PSが追加された。
| モデル | エンジン | 最高出力 |
|---|---|---|
| 2005 Cayman S | 3.4L 水平対向6気筒 NA | 295PS |
| 2016 718 Cayman | 2.0L 水平対向4気筒ターボ | 300PS |
| 2019 718 Cayman GT4 | 4.0L 水平対向6気筒 NA | 420PS |
| 2021 718 Cayman GT4 RS | 4.0L 水平対向6気筒 NA | 500PS |
つまり4気筒を否定して6気筒へ戻したのではない。4気筒の718を残したまま、その上に6気筒の濃いモデルを積み上げたのである。ブランドの序列どころか、同じ718の中でも性格が二重になった。
そしてGT4 RSは、本当に911 GT3の心臓を積んだ
決定打が2021年発表の718 Cayman GT4 RSである。4.0リッター自然吸気6気筒、500PS、最高回転数9,000rpm。0–100km/hは3.4秒、最高速度315km/h。
今回は「GT3由来」などとぼかす必要がない。Porsche自身が、911 GT3 Cupと市販911 GT3に使われるのと同じ高回転型エンジンだと説明している。ついにCaymanは、911の弟分という立場のまま、GT3の心臓を載せてしまった。
AI生成による比較イメージです。718 Cayman GT4 RSと911 GT3の技術的な関係を表現したもので、実在するサーキットの特定場面や公式プロモーション写真を再現したものではありません。
結局、「本物のPorsche」は排気量でも気筒数でも決まらなかった
内燃機関の718 Boxster/Caymanは2025年10月に生産を終了した。初代Cayman Sの登場から、ほぼ20年である。
この6部作を最初から並べると妙な景色になる。912と914は「4気筒だから偽物」と言われ、924はVW向け計画とAudi系エンジンで疑われ、944は911 Carreraを数字で上回り、968は磨きすぎて居場所を失った。Boxsterは911との部品共用で会社再建を支え、そしてCaymanは4気筒へ戻ったあと、GT4 RSで911 GT3のエンジンまで積んだ。
「911じゃないから格下」「4気筒だから本物ではない」と決めた瞬間、Porscheの歴史そのものが反例を持ってくる。 たぶん、このブランドが面倒で面白い理由はそこにある。
911だけじゃないポルシェ・全6回
4気筒の912、VWと組んだ914、VW向け計画から生まれた924。そこから944、968、そして後のミッドシップ世代まで、「911ではないポルシェ」の妙な歴史を全6回で追います。
- 第1回: ポルシェなのに4気筒、914はVWエンジン――912と914は“偽物”だったのか?
- 第2回: ポルシェ924は“ポルシェ”として生まれていなかった――VWになるはずだった異端の成功作
- 第3回: ポルシェ944ターボは本当に911より速かったのか――911 Carreraを追い越した“弟分”
- 第4回: ポルシェ968はなぜ“完成形”なのに売れなかったのか――944を磨き切った最後のトランスアクスル
- 第5回: Did the Porsche Boxster Help Save Porsche? How the 986 Shared Parts with the 911
- 完結編: ポルシェ・ケイマンはなぜ「718」になった?――4気筒へ戻り、最後は911 GT3の心臓を積んだ20年
【編集者が思うこと】
見栄だけで選ぶなら、たぶん911の方が話は早い。「ポルシェ何乗ってるの?」と聞かれて「911」と答えれば説明が要らない。Caymanだと、ときどき「911じゃない方ね」という空気がついてくる。ブランドって面倒だよな。
でも20年追うと、その“下の方”だったはずのCaymanが、最後にはGT3と同じエンジンを積んでいる。しかも途中では4気筒に戻って「718」を名乗る。カタログの値段や序列だけで本物・偽物を決めようとすると、Porscheは毎回そこをぐちゃぐちゃにしてくる。結局、見栄ならエンブレムを見る。クルマ好きなら中身を見る。その両方を売って商売にしてきたのがPorscheなんだと思う。
参考資料
- Porsche Classic:Porsche Cayman (Type 987)
- Porsche Newsroom:The new Porsche Cayman GT4
- Porsche Newsroom:Porsche Boxster and Cayman — new model series 718
- Porsche Newsroom:The new Porsche 718 Cayman
- Porsche Newsroom:The 718 Cayman GT4 with naturally aspirated six-cylinder engine
- Porsche Newsroom:The new 718 GTS 4.0 models
- Porsche Newsroom:The Porsche 718 Cayman GT4 RS
- Porsche AG:Business Development 2025
