「21世紀の心臓」はなぜ消えた? ギャランGDIの燃費35%を検証、裏では280PSのVR-4が暴れていた【第5部】

1996年8月、三菱自動車は8代目ギャランを発売した。その主役は「21世紀の心臓」と宣伝されたGDIエンジン。ガソリンをシリンダー内へ直接噴射する新技術で、従来型より出力10%向上、燃費35%向上をうたった。

しかも同じギャランには、2.5LのV6ツインターボで280PSを発揮するVR-4まで用意された。低燃費と大馬力を同時に追いかけた、いかにも当時の三菱らしい新型車だった。

その成果は、1996~1997日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞。しかしGDIは後に不具合や整備上の課題を抱え、ギャランも2005年に国内販売を終える。

あれほど期待されたGDIは、本当に夢のエンジンだったのか。そもそも「燃費35%向上」は何を意味していたのか。 当時の開発論文、メーカー公式資料、車両仕様、サービスキャンペーンの記録まで戻って確かめた。

「世界初の直噴エンジン」には、実は先輩がいた

三菱は1995年5月にGDIを発表し、翌1996年8月、1.8Lの4G93型を新型ギャランとレグナムへ搭載した。

ただし、ガソリン直噴そのものを世界で初めて実用化したわけではない。1954年のメルセデス・ベンツ300SLにも、機械式ガソリン直噴が採用されている。

GDIの革新性は、現代的な電子制御を用いて希薄燃焼と高出力燃焼を使い分ける技術を量産乗用車で実用化したことにあった。

その仕組みが面白い。低負荷時には圧縮行程の後半で燃料を噴射し、点火プラグの近くに燃えやすい混合気を集める。シリンダー全体では空気が多くても燃焼できる。一方、高負荷時には吸気行程で燃料を噴射して混合気を均一化し、出力を確保する。

この切り替えを支えたのが、直立吸気ポート、湾曲頂面ピストン、高圧燃料ポンプ、高圧スワールインジェクターだった。ただ薄い燃料で走るのではない。燃料を噴射する時期と、シリンダー内での集め方を変えていたのである。

1996年型三菱4G93 GDIエンジンの燃焼室を表現したイラスト。高圧インジェクター、点火プラグ、湾曲頂面ピストン、逆タンブルによる混合気形成を示す。4G93型GDIエンジンの燃焼方式を模式的に表現。湾曲頂面ピストンと逆タンブル流を利用して、点火プラグ付近に混合気を集める仕組みを描いた。実際の部品配置や作動タイミングを正確に再現した断面図ではない。(編集部作成イメージ)

燃費35%向上なら、ガソリンも35%減るのか?

ここが今回、一番引っかかった数字だ。

三菱の公式車史は「燃費35%向上、CO2排出量35%削減」と説明する。自動車技術会の記録にも燃費約35%向上という数値が残る。

しかし、GDIの開発論文を確認すると、燃費35%向上は従来エンジン搭載車との10・15モード比較であることが分かる。1996年型1.8L GDIの5速MT車は、同モードで18.8km/Lを記録した。

では、燃費が従来比35%向上して18.8km/Lになったと仮定し、元の数値を逆算してみよう。

18.8÷1.35=約13.93km/L。 この条件なら、同じ1,000kmを走るのに必要な燃料は次のようになる。

比較条件 燃費 1,000kmの燃料消費
従来側(逆算値) 約13.93km/L 約71.8L
GDI側(公表値) 18.8km/L 約53.2L

※従来側の13.93km/Lは「18.8km/Lが35%向上後の数値」という前提から計算した値であり、実車カタログから直接確認した数値ではない。燃料消費量も同条件で走行すると仮定した計算値。

燃料の節約は約18.6L、削減率は約25.9%だ。

「km/Lで燃費35%向上」と「同じ距離の燃料消費35%削減」は、計算上は同じ意味にならない。

もし燃料消費を本当に35%削減したなら、同条件でのkm/Lは約53.8%向上する計算になる。

では、三菱公式車史にある「CO2排出量35%削減」はどう解釈すればよいのか。公表資料には確かにこの数値が記されている。しかし、開発論文で確認できた燃費35%向上の比較と、CO2削減率の算定に同一の基準・条件が使われたのか、その詳細までは確認できなかった。

今回の計算が示すのは、あくまで同じ距離・同じ比較条件でkm/Lを燃料消費量へ換算した場合の違いである。 この数字だけを根拠に、メーカーのCO2削減率を誤りや虚偽宣伝と断定することはできない。

それでも、燃費35%向上という数字を、そのまま「ガソリン代が35%安くなる」と受け取れないことは確かである。

燃費自慢のGDIなのに、なぜハイオク指定だったのか

もう一つ妙なのが燃料だ。1996年の1.8L GDIは、燃費重視のエンジンなのに無鉛プレミアムガソリン指定だった。

4G93 GDIの圧縮比は12.0。高圧縮比や高負荷時の出力を成立させるには、ノッキングへの対策も重要になる。GDIは直噴による吸気冷却などを活用したが、実際の市販仕様ではハイオクが指定されていた。

燃費性能と燃料代は別問題である。仮にハイオクの単価がレギュラーより10%高くても、燃費が35%向上するなら、同じ距離の燃料代は約18.5%下がる計算になる。

ただし、これは燃費改善率と燃料価格差を仮定した試算で、1996年当時の実売価格や実走燃費を再現したものではない。

つまり、ハイオク指定だから低燃費が無意味になるわけではないが、カタログの燃費改善率だけでは維持費まで判断できない。 当時のユーザーにとっては、そこが気になるところだったはずだ。

一方のVR-4は、GDIとは無関係の280PSだった

同じ8代目ギャランでも、最強のVR-4は別路線だった。

搭載した6A13型は、2,498ccのV6 DOHC24バルブ・インタークーラー付きツインターボ。5速MT仕様は280PS、最大トルク37.0kg-mを発揮した。

先代7代目VR-4の2.0L・240PSに対して、最高出力は40PS、約16.7%増。排気量は約25%拡大している。こちらはGDIではなく、ECI-MULTIによる通常の電子制御燃料噴射だった。

項目 1.8L GDI
1996年
VR-4
1996年
エンジン 4G93 6A13
排気量 1,834cc 2,498cc
構造 直4・自然吸気 V6・ツインターボ
燃料噴射 GDI直噴 ECI-MULTI
最高出力 150PS 280PS(5MT)
使用燃料 ハイオク ハイオク

※1996年発売時の代表的な国内仕様。GDIは1.8L・5MT系、VR-4は2.5L・5MT仕様の最高出力。VR-4タイプSの5AT仕様は260PS。

VR-4にはフルタイム4WD、AYCなどの車両制御技術も投入された。燃焼効率を追うGDIと、圧倒的な性能を追うVR-4。同じギャランの看板の下で、まったく異なるエンジンを育てていたのだ。

1996年型の8代目三菱ギャラン2台を比較したイラスト。左奥は標準型GDIセダン、右手前はスポーティなVR-4。1996年登場の8代目ギャラン。左奥は1.8L GDI搭載の標準系モデル、右手前は2.5L V6ツインターボを積むVR-4をイメージ。同じ世代でもエンジンと外観の性格は大きく異なった。外装・ホイールなどの細部はイラストとして再構成している。(編集部作成イメージ)

レグナムにも280PS。しかも2度目のカー・オブ・ザ・イヤー

1996年には、ギャランをベースとするステーションワゴン「レグナム」も同時に登場した。

単に屋根を延ばしただけではない。セダンよりリアオーバーハングを50mm延長し、ワゴン専用の荷室を確保。しかもVR-4には、セダンと同じ6A13型V6ツインターボとAYCまで用意した。

このギャラン/レグナムは、1996~1997日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞する。ギャランとしては1987~1988年の6代目に続く2度目の受賞だった。

環境技術のGDI、280PSのVR-4、スポーツワゴンのレグナム。三菱は一つの車系に、当時の得意技をずいぶん欲張って詰め込んでいた。

夕暮れの山道を走る1996年型三菱レグナムVR-4のイラスト。ロングルーフとスポーティなフロント周りが特徴。1996年登場のレグナムVR-4(EC5W)のイメージ。ステーションワゴンながら5MT仕様では2.5L V6ツインターボから280PSを発揮。車両の細部や走行風景はイラストとして再構成している。(編集部作成イメージ)

GDIの弱点は、燃焼室の外側にも現れた

では、GDIはなぜ後年になると評価が分かれたのか。

技術上の課題の一つが、燃焼室や吸気バルブなどへの堆積物だ。直噴では吸気ポートにガソリンを噴射しないため、従来のポート噴射式と異なり、燃料で吸気バルブを洗い流す作用を期待できない。

2003年には、日本の研究グループが三菱4G93・1.8L直噴エンジンを用いて、インジェクターや吸気バルブなどへの堆積物を調べた技術論文を発表している。ただし、この研究が初期GDI車の故障率を示すものではない。

また、2002年6月には三菱がギャラン、レグナムなど5車種のサービスキャンペーンを実施した。対象の一部でエンジンECUのアイドルアップ制御やスロットルポジションセンサーに問題があり、瞬間的な押し出し感、出力低下、エンストなどのおそれがあるとして対策している。

ここは注意したい。確認した対象ギャランは2.4L GDI搭載車であり、1996年の1.8L GDI全車が同じ不具合を起こしたことを意味しない。また、このサービスキャンペーンは堆積物が原因だと説明したものでもない。

GDIには優れた燃焼技術があった一方、堆積物への対応や電子制御系の信頼性も、長く使う量産エンジンとして重要な課題だった。

2005年、ギャランは国内の本流から姿を消した

三菱はGDIをすぐに諦めたわけではない。1998年8月には2.4L GDIを追加し、2000年5月には1.8Lに代えて2.0L GDIを採用。改良と展開を続けた。

しかし、2002年にはギャランVR-4がラインアップから姿を消し、レグナムも国内販売を終了。そして8代目ギャランの国内販売も2005年に終了した。資料によって生産・販売の終了月には11月と12月の表記があるため、ここでは2005年の終了として整理する。

これで1969年のコルトギャランから続いた国内向けギャラン本流は、いったん途切れた。

ただし、GDIの初期不具合だけが販売終了の原因だったと断定することはできない。市場の変化、車種構成、経営上の事情などを切り分けるための直接的な社内資料は確認できなかった。

そして2007年には「ギャラン フォルティス」が登場する。ただし、8代目ギャランの単純な継続生産モデルではなく、新しい車種構成による国内セダンへのギャラン名の復活だった。

GDIは未来をすべて実現した万能エンジンではなかった。しかし、希薄燃焼を電子制御で量産化しようとした技術的挑戦まで否定するのも違う。1996年のギャランは、その成功と難しさの両方を背負った一台だった。

【編集者が思うこと】

俺が最初に引っかかったのは「燃費35%向上」だ。これを聞けば、普通はガソリンも35%節約できると思うじゃないか。ところがkm/Lを逆算すると、同じ距離の消費量は約26%減。数字の見せ方というのは、実に面白い。ただし、メーカーが別途公表したCO2削減率の算定条件までは確認できなかったので、そこは分けて考えたい。

しかも「世界初の直噴」と思い込んでいたら、1954年のベンツ300SLという大先輩まで出てきた。三菱の凄さは、直噴を発明したことではなく、それを電子制御で量産車の低燃費に結び付けようとした点だったわけだ。

それにしても、燃費を追うGDIの横で、280PSのV6ツインターボを積んだVR-4まで売っていたのだから恐れ入る。しかもワゴンのレグナムまで280PS。省燃費も大馬力も諦めない。昭和から平成にかけての三菱は、本当に欲張りだった。

結局、俺にはGDIを単純な失敗作とは言い切れない。理屈はよくできていたし、量産化にも成功した。ただし車は研究室の実験機とは違う。長年乗って、普通に整備できてこそ商品として完成する。そこまで含めた「21世紀の心臓」だったのだろうか、という疑問は残る。

次回は、ギャランの名が国内でいったん途絶えた後の展開へ。海外のギャランと2007年のギャランフォルティスを比較し、名門セダンの伝統が何を残したのかを追う。


三菱ギャラン 7部作

1969年の初代コルトギャランから、ギャランΣ、WRCで活躍したVR-4、GDI技術、そして車名の消滅まで。三菱自動車を支えた名門セダンの歴史と技術、ランサーエボリューションや現在の4WD技術への継承を、全7回で検証します。

ちょっと分かりにくい用語

希薄燃焼・成層燃焼
空気に対して燃料の割合を少なくして燃焼させる方式。GDIでは点火プラグ付近に燃えやすい混合気を集める「成層燃焼」により、シリンダー全体として空気が多い状態でも安定燃焼を目指した。

参考資料

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です