ギャランフォルティスはランサーだった! なのに北米には別のギャラン、RALLIARTまで2種類あった【第6部】

ギャランフォルティスはランサーだった! なのに北米には別のギャラン、RALLIARTまで2種類あった【第6部】

2003年、アメリカで新型ギャランが発表された。全長4,840mm、全幅1,840mm。3.8LのV6まで搭載する、立派な北米向けミドルサイズセダンである。

ところが、日本で2007年に復活した「ギャラン フォルティス」は全長4,570mm。アメリカのギャランより270mmも短かった。しかも海外では「ランサー」の名前で売られていた。

さらにややこしいことに、両方にRALLIARTが存在した。北米版は3.8L・258hpのFF、日本版は2.0Lターボ・240PSの4WD。もはや同じ車名を名乗る別人である。

ギャランはいつから、国によって違う車になったのか。そして2015年に消えたのは「ギャランの名前」なのか、それとも車そのものだったのか。

三菱の当時の発表資料、車両寸法、年次報告書、2015年の株主総会資料までさかのぼって調べてみた。

2003年、アメリカのギャランは日本車らしからぬ大きさになった

2003年4月、ニューヨーク国際自動車ショーで2004年モデルの北米向け9代目ギャランが発表された。日本では8代目がまだ販売されていた時期である。

実は、北米独自の商品開発はこれより前から始まっていた。三菱は1998年2月、米国市場向けの新型ギャランを1999年モデルとして発表。2.4L直列4気筒と3.0L V6を設定し、米国市場の需要に合わせたセダンとして売り出している。つまり、2004年型9代目で突然日米の系譜が分かれたわけではない。

2004年型の北米仕様はイリノイ州で生産され、2.4L直列4気筒と3.8L V6を設定。発売時の最高出力はそれぞれ160hp、230hpだった。

注目したいのはボディ寸法だ。1996年発売の日本向け8代目と比べると、実に大きい。

項目 日本8代目
1996年
北米9代目
2004年型
日本フォルティス
2007年
全長 4,620mm 4,840mm 4,570mm
全幅 1,740mm 1,840mm 1,760mm
ホイールベース 2,635mm 2,750mm 2,635mm
車両の系統 日本向けギャラン 北米独自のギャラン 海外名ランサー

※メーカー発表資料と車両カタログの代表仕様を比較。日本8代目はEA1A系、北米9代目は2004年型、フォルティスは2007年発売時のセダン。グレードや年式による寸法差は含めない。

独自に差を計算すると、北米9代目は日本8代目より全長220mm、全幅100mm、ホイールベース115mm増加している。

一方、フォルティスは8代目より全長が50mm短く、全幅は20mm広い。そしてホイールベースは同じ2,635mm。ただし、同じ数値だから同じ車台という意味ではない。

北米ではギャランが独自に大型化し、日本ではランサー系の車体にギャランの名を付け直した。車名は同じでも、開発の道筋は別々だった。

赤い北米向け9代目ギャランと青銀色のギャランフォルティス、背景に旧型ギャランを配置した、三菱ギャランの系譜を表すイラスト。北米向けに大型化したギャランと、海外ではランサーとして販売されたギャランフォルティス。背景には旧型ギャランを配置し、車名と車体の系譜が分かれていった時代を表現した。車両の寸法比や外装細部は厳密な再現ではない。実際の寸法差は上の比較表を参照。(編集部作成イメージ)

2007年のギャランフォルティス、その正体は海外のランサーだった

日本の8代目ギャランは2005年に国内販売を終了する。ところが2007年8月、ギャランの名前を付けた新型セダン「ギャラン フォルティス」が登場した。

これを日本の9代目ギャランと考えると、話がおかしくなる。

三菱の2007年版年次報告書には、新型ランサーを同年3月に北米で先行発売し、8月に日本でギャランフォルティスとして発売すると明記されている。つまり、日本でギャランフォルティスとして登場するより前に、海外ではランサーとして走り始めていたのだ。

さらに新型ランサーはアウトランダーと共通の新世代プラットフォームを採用。ランサーエボリューションXやデリカD:5も、同じプラットフォーム系列から展開された。

ギャランフォルティスの初期型は2.0L MIVECエンジンを搭載し、6速スポーツモード付きCVTを設定。従来のギャランとは車体構成も商品企画も違っていた。

ここで注意したいのが「なぜ日本だけギャランと名付けたのか」という問題だ。

三菱は2007年4月の車名発表で、海外向けランサーを日本ではギャランフォルティスと呼ぶことを明らかにしている。しかし、今回確認した公式資料だけでは、その名前を選んだ社内の決定理由までは断定できない。

車格が大きくなった新型ランサーに、上級セダンとして知られたギャランの名前を使いたかった、という解釈は成り立つ。ただし、それは当時の車種構成を踏まえた編集者の推測である。

なお、三菱によると「GALANT」はフランス語で勇ましい・華麗な、「FORTIS」はラテン語で勇壮な・勇敢なという意味を持つ。名前だけは、いかにも強そうだった。

港に並ぶ2007年型の三菱ギャランフォルティスと海外向けランサーをイメージした2台のセダン。共通する基本車体と外観を表現。日本ではギャランフォルティス、海外ではランサーとして販売された2007年型セダンの比較イメージ。両車は基本車体を共有しており、車名や市場別仕様が異なる。グレード固有の外装・ホイールなどを厳密に再現したものではない。(編集部作成イメージ)

さらにややこしい! 日米には別々のギャランRALLIARTがあった

今回調べていて、最も面白かったのがRALLIARTだ。

2007年モデルの北米ギャランには、3.8L V6を258hpまで高めたRALLIARTが設定された。駆動方式はFF、変速機は5速AT。18インチホイールと専用サスペンションを備えたスポーツセダンだった。

一方、日本では2008年7月9日、ギャランフォルティスRALLIARTが発売された。こちらは4B11型2.0L MIVECターボで240PS、ACD付きフルタイム4WD、6速ツインクラッチSSTを採用。発売時価格は税込298万2,000円である。

項目 北米ギャラン
RALLIART
日本フォルティス
RALLIART
モデル年・発売 2007年型 2008年7月
エンジン 3.8L V6自然吸気 2.0L直4ターボ
最高出力 258hp 240PS
駆動方式 FF フルタイム4WD
変速機 5速AT 6速ツインクラッチSST

※北米のhpは米国式の機械馬力、日本のPSはメートル馬力。258hpは約262PSに相当するため、数値をそのまま比較しない。

日本のRALLIARTは、ランサーエボリューションXと同じ4B11系ターボやSSTを使いながら、出力や駆動系の仕様を変え、日常使用との両立を狙ったモデルだった。

同じギャラン、同じRALLIARTでも、北米は大排気量V6のFF、日本は小排気量ターボの4WD。似ていたのは名前とスポーティな方向性で、機械の中身は別だった。

この違いを知らずに「ギャランRALLIART」と検索すると、まったく違う2台が出てくる。旧車好きには、たまらなく紛らわしい話である。

赤い2007年型北米ギャランRALLIARTと青銀色の2008年型日本ギャランフォルティスRALLIARTを並べた比較イラスト。北米向け2007年型ギャランRALLIART(左)と、日本向け2008年型ギャランフォルティスRALLIART(右)。北米仕様は3.8L V6自然吸気・FF、日本仕様は2.0Lターボ・4WDと、同じ名称でも中身は大きく異なった。車両の外装やホイールなどは一部模式的に描いたもので、実車の純正仕様を完全再現したものではない。(編集部作成イメージ)

2015年に終わったのはギャラン? 公式資料には別の答えがあった

では、ギャランの最後はいつなのか。ここも一つの年号では片付かない。

北米独自の9代目ギャランは、2012年モデルを最後に終了した。米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)の2013年資料にも、2012年モデル以降は生産されていないと明記されている。

一方、日本のギャランフォルティスについては、三菱の2015年6月5日付株主総会招集通知が決定的だった。

同資料の22ページには、2015年3月に日本市場向けギャランフォルティスと同スポーツバックの生産を終了したこと、その後はランサーおよびランサースポーツバックとして海外向け生産を続けることが記されている。

つまり、2015年に終わったのは国内向けの「ギャランフォルティス」という商品展開であり、車体の系統が世界から消滅したわけではない。

年 何が起きたか
1998年 北米向け1999年型ギャランを発表。米国市場向けの商品開発を展開
2003年 北米独自の新型ギャランを発表
2005年 日本の8代目ギャランが国内販売終了
2007年 海外向けランサーを日本でギャランフォルティスとして発売
2008年 日本でフォルティスRALLIART登場
2012年型 北米9代目ギャランが終了
2015年3月 国内向けギャランフォルティスの生産終了
2017年 海外向けランサーの日本国内生産も年末終了予定と三菱が発表

ここに、今回の記事で最も大事な答えがある。

ギャランの名前、ギャランという車体、日本向けの販売、海外向けの生産。それぞれの終了時期は同じではなかった。

日本のギャランが北米ギャランに引き継がれ、最後にランサーへ変身した、という単純な一本道ではないのである。

なぜ車名と車体の系譜が分かれたのか

確認できた資料から見えるのは、市場ごとに異なる商品企画と、世界共通車台への移行だ。

北米9代目ギャランは、広い室内と大排気量エンジンを重視した現地市場向けセダンとして開発された。一方、2007年の新型ランサーは、アウトランダーなどと基本プラットフォームを共用する世界展開モデルだった。

日本では、そのランサーにギャランフォルティスの名を与えた。昔からのギャランというブランドを残しながら、新しいグローバル車を導入した形である。

ただし、三菱が車名選択の理由をどこまで市場調査や販売戦略で決めたのかは、今回確認した公開資料からは分からない。

言えるのは、2000年代の三菱では、車名の歴史よりも、販売地域ごとの商品構成と共通プラットフォームの活用が、車の実際の系譜を決めるようになっていたということだ。

1969年から続くギャランの看板は生き延びた。しかし、その看板の下に置かれる車は、昔と同じではなかった。

【編集者が思うこと】

俺は最初、日本のギャランが終わって、そのあと海外の大型ギャランだけが生き残り、最後にフォルティスへ名前を引き継いだのだと思っていた。

ところが調べるほど、話が逆だった。北米では日本の8代目が売られているうちに、もっとデカい別のギャランを作っていた。そして日本でギャランの名前が復活したとき、その正体は海外のランサーだった。

しかも日米でRALLIARTまで別々。北米はV6・FF、日本は直4ターボ・4WD。同じ名前でここまで違う車を出すのだから、三菱の車名体系は実に油断ならない。

個人的には、1996年のギャランVR-4のようなV6ツインターボの系譜が、そのまま続いてほしかった気持ちもある。だが2008年のフォルティスRALLIARTは、方向こそ違っても、なかなか骨のある一台だったと思う。

そして2015年の株主総会資料。日本ではギャランフォルティスを終わらせるが、海外ではランサーとして作り続けるという。なんだ、ギャランの名前だけ先に定年退職して、車体は海外で働き続けたわけか。

結局、車名だけを追いかけても、自動車の歴史は分からない。どこの市場へ、どんな車台を、何の名前で売ったのか。そこまで確認して初めて、ギャランの本当の系譜が見えてくる。

次回はシリーズ完結編。1969年の初代から、GTO、VR-4、GDI、フォルティスまで。半世紀近く続いたギャランの歴史を通して、三菱は何を残し、何を失ったのかを考える。


三菱ギャラン 7部作

1969年の初代コルトギャランから、ギャランΣ、WRCで活躍したVR-4、GDI技術、そして車名の消滅まで。三菱自動車を支えた名門セダンの歴史と技術、ランサーエボリューションや現在の4WD技術への継承を、全7回で検証します。

ちょっと分かりにくい用語

プラットフォーム
車の基本となる車体構造や設計の共通基盤。異なる車名・車種でも共用する場合があるが、共通プラットフォームだからといって車体全体が同一とは限らない。
ツインクラッチSST
2組のクラッチを使い、次のギヤを準備しながら素早く変速する自動変速機。通常のトルクコンバーター式ATとは構造が異なる。

参考資料

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です