968では、944を徹底的に磨いた。ところが次のBoxsterでPorscheがやったのは、逆だった。 専用部品を増やすのではなく、次期911と部品を共用する。高価なGTではなく、若い客にも届く2人乗りロードスターにする。それでもエンジンはミッドシップに置き、水冷フラット6を積む。
結果、初代Boxster 986の生産台数は164,874台。前回の968は11,248台だから、単純な総生産台数では約14.7倍になる。もちろん販売期間が違うので、そのまま人気を14.7倍と考えるのは乱暴だ。だが「凝って作った968」より、「911と共用して作ったBoxster」の方が桁違いに売れたのは事実である。
AI生成による歴史解説イメージです。1993年のBoxster Conceptの意匠を参考にしたもので、実際のDetroit Motor Show展示や特定の実車を再現したものではありません。
Porscheが必要としていたのは「もっと高級な車」ではなかった
1990年代初頭のPorscheは深刻だった。1991年の販売は約2万3千台で、5年前の半分以下。1992年末には損失が2億4,000万ドイツマルクに達していた。ドル安、高い製造コスト、モデル間で部品を十分に共用できない開発体制が重荷になっていた。
当時は4座のType 989も開発されていたが、開発責任者Horst Marchartは、販売規模が小さく、911との共用部品も期待できない独立車種では会社再建につながらないと判断した。そこで出てきたのが、次期911の構成部品を使い、約7万マルクを狙う2座ミッドシップ・ロードスターという発想だった。
「911のお下がり」ではなく、911と一緒に作った
初代Boxster 986は1996年、996型911は翌1997年に登場する。つまりBoxsterは、完成した911から部品を恵んでもらった廉価版ではない。両車は同時並行で開発され、Porscheによれば半分以上の部品を共有していた。
実際、ボンネット、ヘッドライトユニット、フロントフェンダー、ドアなどは986と996で共通。Porscheの回顧では、この共用化によって開発費を約40%削減できたという。さらに会社全体では、新型車の製造コストを30%削減する目標まで掲げていた。
安いPorscheを作るために、911より手を抜いたのではない。911と一緒に作ることで安くした。 ここが968までのやり方との大きな違いだった。
AI生成による比較イメージです。986 Boxsterと996型911の部品共用を説明するためのもので、実際のPorsche開発施設や開発現場を再現したものではありません。
しかも新世代の技術は、安い方が先に店頭へ出した
Boxsterは2.5リッター水冷水平対向6気筒、204PSで登場した。Porscheはこれを初の量産水冷フラット6と位置づけている。そして翌年、996型911も空冷を捨て、水冷フラット6へ移行する。
つまり「安い方が古い技術を使った」のではない。市場投入順で見れば、Boxsterが新世代Porscheの水冷フラット6を先に世へ出したのである。さらに1993年のBoxster Conceptのデザインも、550 Spyderや718 RS 60を意識したものだった。見かけは新しかったが、Porscheの古いスポーツカー思想へ戻った面もあった。
968より36PS低い。それでも約14.7倍作られた
| 968 | 初期Boxster 986 | |
|---|---|---|
| エンジン | 3.0L 直4 NA | 2.5L 水平対向6気筒 NA |
| 最高出力 | 240PS | 204PS |
| レイアウト | FR+リアトランスアクスル | ミッドシップ |
| 総生産台数 | 11,248台 | 164,874台 |
Boxsterは968より36PS低い。それでも商売では圧倒的な差がついた。これは「馬力が低い方が売れる」という話ではない。Porscheが商品そのものの設計だけでなく、どう開発し、どう作り、どの価格帯へ出すかまで変えた結果と見る方が自然だ。
1996年、Porscheは約3万2千台を販売し、そのおよそ半分がBoxsterだったと公式に振り返っている。そして会社は黒字へ戻った。ただし「Boxster1台がPorscheを救った」と単純化するのも違う。Boxsterと996の共用開発、生産改革、コスト削減を含めた新しい作り方そのものが再建に効いたのである。
コストダウンしたのに、走りは廉価版ではなかった
1997年、『Car and Driver』はBoxster、BMW Z3 2.8、Mercedes-Benz SLKを比較した。米国仕様201hpのBoxsterは0–60mph 6.2秒で3台中最速。さらにステアリング、コーナリング挙動、限界付近での扱いやすさを高く評価され、総合1位になった。
ここがBoxsterの上手かったところだろう。部品や開発工程では911と徹底的に共用し、客が金を払う「走らせた時の価値」は専用ミッドシップ・スポーツカーとして残した。 コストダウンと安物化を同じものにしなかった。
AI生成による比較イメージです。1997年の『Car and Driver』比較試験そのものや、実際の車両・撮影場所を再現したものではありません。
911と似すぎていたことさえ、当時は意味があった
986 Boxsterと996型911は、後に共通ヘッドライトなどから「似すぎている」と言われるようになる。高価な911の客から見れば、安いBoxsterと顔が同じなのは面白くなかったかもしれない。
しかし経営危機のPorscheにとって、差別化のためだけに専用部品を増やせば、また高コストへ戻る。Boxsterと911が似ていたことは、デザイン上の弱点であると同時に、Porsche再建の仕組みそのものでもあった。
968では、クルマを磨けば磨くほど価格が上がり、居場所が狭くなった。Boxsterでは逆に、共用できるところは徹底的に共用しながら、ミッドシップ、2座、フラット6という「欲しくなる理由」だけは削らなかった。Porscheが再建期に見つけた答えは、単なる安売りではなく、金を掛ける場所と掛けない場所を分けることだったのだろう。
そして次の完結編では、このBoxsterに屋根を付けたようなCaymanが登場し、やがて両車は「718」を名乗る。そしてそこでは、かつて912や914が背負った4気筒Porscheという話が、半世紀近くを回ってもう一度戻ってくる。
911だけじゃないポルシェ・全6回
4気筒の912、VWと組んだ914、VW向け計画から生まれた924。そこから944、968、そして後のミッドシップ世代まで、「911ではないポルシェ」の妙な歴史を全6回で追います。
- 第1回: ポルシェなのに4気筒、914はVWエンジン――912と914は“偽物”だったのか?
- 第2回: ポルシェ924は“ポルシェ”として生まれていなかった――VWになるはずだった異端の成功作
- 第3回: ポルシェ944ターボは本当に911より速かったのか――911 Carreraを追い越した“弟分”
- 第4回: ポルシェ968はなぜ“完成形”なのに売れなかったのか――944を磨き切った最後のトランスアクスル
- 第5回: Did the Porsche Boxster Help Save Porsche? How the 986 Shared Parts with the 911
- 完結編: ポルシェ・ケイマンはなぜ「718」になった?――4気筒へ戻り、最後は911 GT3の心臓を積んだ20年 公開予定
【編集者が思うこと】
昔の感覚だと、安いモデルって「上級車のお下がりを使った廉価版」に見えるんだよな。でもBoxsterは調べると逆で、まだ出ていない次期911と一緒に作って、共通化そのものを武器にしていた。しかも水冷フラット6はBoxsterの方が先に店へ出ている。安い方が新世代の先陣って、なかなか妙な話だ。
968では8割以上やり直して約1万1千台。Boxsterでは911と半分以上を共用して16万台超。もちろん時代も販売期間も違うから単純勝負はできないけど、それでも「良い物は専用品をいっぱい使えばいい」という話じゃないのは分かる。金を掛けないところは徹底的に掛けない。でもミッドシップという面白いところは削らない。結局、そこなんだよな。ケチる場所を間違えなかった。
参考資料
- Porsche Newsroom:1993 — The moment of change
- Porsche Newsroom:The people — and thinking — behind the Porsche Boxster
- Porsche Newsroom:A quarter century of driving pleasure — the Boxster family turns 25
- Porsche Christophorus:Opening Gambit — 25 Years of the Boxster
- Porsche Christophorus:Evolution of the species
- Porsche Classic:Porsche Boxster Type 986
- Porsche Newsroom:Time lapse — Porsche’s transaxle models
- Car and Driver:1997 BMW Z3 vs. Mercedes-Benz SLK vs. Porsche Boxster
