ソアラより安く、シルビアより優雅!? プレリュード「デートカーの王座」と失速の真相【完結編】

ソアラより安く、シルビアより優雅!? プレリュード「デートカーの王座」と失速の真相【完結編】

1980年代の日本で、デートカーの代表格として知られたホンダ・プレリュード。低いボンネット、洒落たサンルーフ、そして世界初の舵角応動型4WS。2代目から3代目にかけて、その存在感は頂点に達した。

だが、同じ時代にはトヨタ・ソアラ、日産レパード、そして1988年登場のS13シルビアがいた。豪華なFRクーペも、美しいスポーツクーペも選べたのである。

では、プレリュードは何で勝負していたのか。

さらに販売記録を調べると、もっと妙な数字が出てきた。国内累計販売台数は3代目17万5,634台から、5代目ではわずか1万5,127台へ落ち込んでいた。

約91%もの減少。しかも、その間にエンジンは145PSから最高220PSへ進化していたのである。

デートカーの王座を築いたプレリュードは、なぜ技術を磨きながら失速したのか。最後はライバルとの違い、歴代販売台数、そして2025年の復活まで追ってみよう。

夕暮れの都市を背景に停車する白い3代目ホンダ・プレリュードのイメージ画1980年代後半のデートカー文化をイメージしたAI生成イラスト。実際の記録写真ではありません。

ソアラ、レパード、シルビア。そもそも同じ土俵だったのか

プレリュードは「ソアラを買えない若者のクルマ」だったという見方がある。だが、当時の諸元表を並べると、それほど単純ではない。

1986〜1988年に登場した代表的な4台を比較してみた。

車種・代表仕様 全長 全高 駆動方式 エンジン
プレリュード 2.0Si
1987年
4,460mm 1,295mm FF 直4 DOHC 2.0L
ソアラ 2.0VX
1986年
4,675mm 1,345mm FR 直6 OHC 2.0L
レパード XS-II
1986年
4,680mm 1,370mm FR V6ターボ 2.0L
シルビア Q’s
1988年
4,470mm 1,290mm FR 直4 DOHC 1.8L

※各メーカーの発売時資料・ヘリテージ資料から代表仕様を独自整理。発売年・グレード・装備条件は統一していない。レパードはF31型、シルビアはS13型。

プレリュードはソアラより215mm、レパードより220mm短い。全高もそれぞれ50mm、75mm低かった。

一方、S13シルビアとの全長差はわずか10mm、全高差も5mmしかない。ボディ寸法だけなら、こちらの方がずっと近い存在だった。

ソアラは直列6気筒と上質な室内、レパードはV6エンジンや先進装備を武器とする上級クーペ。プレリュードは低いFFボディに独自技術を詰め込んだスペシャリティカーだった。

それぞれ目指した格好良さが違う。単に価格順に並べて、上位と下位を決められるクルマではなかったのだ。

プレリュードは本当に安かったのか? S13の方が安い場合もあった

価格も確認しよう。代表グレードの当時価格を調べると、プレリュードの立ち位置がさらに見えてくる。

車種・グレード 価格 資料上の年次
プレリュード 2.0Si・5MT 214万5,000円 1987年
ソアラ 2.0VX・5MT 261万1,000円 1986年
レパード 2.0XJ・5MT 232万1,000円 1986年
シルビア Q’s・5MT 176万5,000円 1988年

※プレリュードはホンダ発売資料の東京地区標準現金価格。ソアラはcarview!、レパードはカーセンサーの当時モデル価格データ、シルビアは『ベストカー』掲載の発売時車両価格。発売時期・装備・当時の税金の扱いが必ずしも同一ではないため、同条件の購入総額比較ではない。

掲載価格で比べると、プレリュード2.0Siはソアラ2.0VXより46万6,000円安く、レパード2.0XJより17万6,000円安い。

ところが、S13シルビアQ’sよりは38万円高い。

しかも1987年のプレリュードには、148万5,000円の2.0XLや182万円の2.0XXもあった。XXならシルビアQ’sとの差は5万5,000円に縮まる。

プレリュードは高級クーペより手が届きやすい一方、シルビアとは価格帯が重なっていた。安さだけが人気の理由ではなかった。

「シルビアより優雅」という評価も、もちろん数字で証明できるものではない。S13自身が「アートフォース・シルビア」としてデザインを強く打ち出し、日本カー・オブ・ザ・イヤーまで受賞したクルマだからだ。

プレリュードは先進性と洗練、シルビアは美しい造形とFRの走り。どちらを好むかは、購入者の価値観に委ねられていた。

1988年、S13シルビアが現れた意味

5代目シルビア、S13型が登場したのは1988年5月。3代目プレリュード発売の約1年後だった。

日産のヘリテージ資料によると、S13は均整の取れたクーペスタイルとFRの走りで若者に支持され、グッドデザイン賞と日本カー・オブ・ザ・イヤーを獲得している。

しかもQ’sは自然吸気135PS、K’sはターボ175PS。スポーツ走行を好む層にも、スタイルでクルマを選ぶ層にも訴える構成だった。

プレリュードが4WSで後輪を曲げる技術を見せていたころ、シルビアはFRという駆動方式そのものを魅力にしていた。

ここで若者向けクーペの選択肢が増えたことは確かだ。ただし、プレリュードの販売減少をS13だけの影響と断定できる、購入者の乗り換え統計までは確認できない。

むしろ、デートカーと呼ばれるジャンルのなかで、買い手が求めるものが一種類ではなくなった、と考える方が自然だろう。

4代目で半減、5代目でさらに8割減――何が起きた?

ではプレリュード自身の販売記録を見よう。『CAR and DRIVER』が2025年に掲載した国内累計販売台数を、世代ごとに並べ直した。

世代 登場年 国内累計販売台数
初代 1978年 41,190台
2代目 1982年 166,904台
3代目 1987年 175,634台
4代目 1991年 85,262台
5代目 1996年 15,127台

※同誌の世代別国内累計販売台数を整理。各世代の販売期間は異なり、年間販売ペースを直接比較したものではない。

3代目から4代目への減少率は約51.5%。4代目から5代目では約82.3%。そして3代目から5代目を比べると、約91.4%の減少となる。

ところが、その間にホンダがクルマ作りを手抜きしたわけではない。

1991年9月20日発売の4代目は、全幅1,765mmの3ナンバー専用ボディとなり、200PSの2.2L DOHC VTEC、電子制御電動式のハイパー4WSを設定。機械式4WSからさらに進んだ技術を投入した。

続く1996年11月8日発売の5代目では、端正なクーペスタイルに回帰しながら、Type Sに220PSの2.2L VTECとATTSを採用した。こちらも相当に硬派な技術である。

しかし、販売台数は戻らなかった。

高性能化すれば売れる、という単純な関係が成り立たなくなっていたのである。

ミニバンやRVが並ぶ駐車場に停車する5代目ホンダ・プレリュードのイメージ画1990年代後半のクルマ選びの変化を表現したAI生成イラスト。実際の駐車場を撮影した写真ではありません。

プレリュードが変わったのか、若者が変わったのか

失速の原因を車体デザインだけに求めるのは難しい。4代目は思い切ったワイド&ショート化を図り、5代目では再び端正なクーペへ戻している。それでも販売は減少した。

1990年代にはバブル景気が終わり、レジャーや家族利用に対応したミニバン、RVなども存在感を増していた。2ドアクーペ以外にも、生活と趣味を両立するクルマが増えていたのである。

ただし、景気後退、他車への流出、購入者の年齢変化がそれぞれ販売減少の何%を説明するのか、今回の資料だけでは分からない。

公式資料から確実に読み取れるのは、ホンダが最後までスポーティな走りと特別感を追い続けたこと。そして、その商品性が以前ほど大きな国内販売につながらなくなったことだ。

プレリュードは技術的に弱くなったから消えた、とは言い切れない。むしろ、技術的には充実していったのに市場が縮んだところが、妙に切ない。

2025年、617万9,800円で復活したプレリュード

2001年に初代から続くプレリュードはいったん姿を消した。しかし2025年9月5日、ホンダは6代目を発売した。

新型は2.0Lエンジンと2モーターハイブリッドシステムe:HEVを組み合わせたFFクーペ。Honda S+ Shiftによる仮想8段変速の走行感覚や、専用のシャシーセッティングを特徴としている。

国内価格は617万9,800円(税込)。もはや1980年代のプレリュードと直接価格を比べられる存在ではない。

さらに興味深いのは、販売計画だ。

1987年の3代目は国内月販4,000台を計画していたのに対し、2025年の6代目は月販300台。その差は約92.5%。計画規模は13分の1程度になっている。

もっとも、これは販売実績ではなくメーカーの販売計画同士の比較である。2025年10月7日のホンダ発表では、発売約1か月の累計受注は約2,400台、月販計画の約8倍に達したという。受注と実際の販売・登録台数も混同できない。

夕日の海岸を背景にした白い6代目ホンダ・プレリュードのイメージ画2025年登場の6代目プレリュードをイメージしたAI生成イラスト。実車の写真ではありません。

ここから見えるのは、昔のデートカーブームをそのまま復活させようとしているのではなく、規模を絞ってでも特別なクーペを成立させようとする商品企画の違いだ。

そして2025年型の中心技術は、かつての機械式4WSではない。ハイブリッド制御や操縦性を磨いた、新しい時代のプレリュードなのである。

ホンダがプレリュードで売りたかったもの

4部作を通して見てきたのは、少し不思議なクルマだった。

運転席から助手席を操作できるレバー。初代から受け継いだ電動サンルーフ。異様に低いボンネット。そして、事故回避の研究から生まれた機械式4WS。

世間はプレリュードをデートカーと呼んだ。しかしホンダの発売資料や開発史から見えてくるのは、単に異性に好かれるためのクルマではなく、普段の移動を特別な体験に変えるため、スタイルと先進技術を両立させようとしたスペシャリティカーという姿だ。

「デートカーの王座」は販売台数だけで証明できる称号ではない。それでも、当時の象徴的存在だったことと、3代目が国内販売の頂点に立ったことは記録に残っている。

そして2025年の復活は、その設計思想が時代を変えても残っていたことを示しているように思える。

【編集者が思うこと】

しかし今回、一番驚いたのは5代目の1万5,127台だ。

あれほど売れた3代目から、約91%減。しかも4代目には200PSのVTEC、5代目には220PSのType Sまであった。普通なら進化したはずなのに、販売台数は逆方向へ走っている。

これが面白いような、寂しいような。

俺は、プレリュードをソアラの廉価版だとは思わない。シルビアの方が速いとか、レパードの方が豪華だとか、そんな比較だけではプレリュードの魅力は説明できない。

ホンダは、あの薄いボンネットの下へ誰も頼んでいないような機構を詰め込んでいた。4WSなんて、その最たるものだ。

それなのに、世間で長く語られるのは「ナンパ車」だったりする。技術者からすれば、ちょっと複雑な気分だったかもしれない。

そして2025年、プレリュードは617万円を超えるクルマになって帰ってきた。昔の若者が簡単に買える価格とは言いがたい。

でも、少数派になっても、わざわざ格好いいクーペを作る。そこにホンダらしさが残っている気がする。

結局、プレリュードが売っていたのは馬力でも、ナンパの成功率でもない。自分のクルマに乗る時間を、ちょっと特別なものにしてくれるという期待だったのではないだろうか。

4部作、これにて完結。

プレリュード――昭和のデートカー伝説・全4回

助手席の操作レバーにまつわる伝説から、2代目の人気、3代目の4WS、ソアラやレパードとの比較まで。4つの視点からホンダ・プレリュードの魅力と時代背景を検証します。

参考資料

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